君が笑うその世界を愛してる3

□第110夜
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促す様に、或いは確認する様に。
一条さんは1度こちらを見てから一歩後退して場所を譲ってくれる。
それに1つ頷いて、譲られた場所――ドアの前に立つ。
意識して呼吸を1つ。
ぎゅっと、えんちゃんを抱きしめる力が強くなったのは緊張か不安か――それとも恐怖か。
ここまで来て何を躊躇うのか、そんな暇があるのか、自身を嘲る事で鼓舞をする。
えんちゃんを腕で抱き、箒を同じ手で持つ事で片手を空ける。
緊張しながらドアノブを回し手前に引けば。

――ガチャンッツ!!

手に感じる抵抗と拒絶の音が広い廊下に鳴り響いた。

…うん、鍵が閉まっています。
当然、予測してしかるべき事態ではあるが出鼻を挫かれた感は否めない。
「………」
後ろから感じる視線となんともいえない沈黙。
手はドアノブにかけたまま、明後日の方向に視線を向けて数秒。
――フッと誤魔化しの為に浅く笑うとドアノブから手を離し後退する。1度譲られた場所を空け、ジッ…と一条さんへと期待に満ちた眼差しを贈る。
「…うん、なんかごめんね?」
「………」
気まずそうに視線を逸らした一条さんに謝罪されてしまう。
それにはにっこりと、ワザとらしく笑みを浮かべて無言でドアへと視線をやれば意図は明白。
一条さんは引きつった笑みを浮かべた後に私と同じ様に1つ呼吸…いや、溜息を吐きながらドアノブを握った。
するり…と何の抵抗もなく開くドア。
先ほどの部屋と同じ、鍵のところだけ壊されたドアは見た目に変わったところは見られない。
便利な能力だな、と思う。そして珍しい。
同じ事を私がしようと思ったら…出来ないとはいわないがもっと時間がかかるし、狙った部分だけの破壊とか難しい。

純血種の能力はいってしまえばオールマイティ。

なんでも出来るがゆえに自身にあった特性を見極めるのに時間がかかる。
その点貴族は扱える能力が限定されているからこそ、その能力を特化させていく事に長けている。
例えば炎が能力なら炎を、氷の能力なら氷を。
自由自在に扱える様に尽力すればいい。
能力が限定されている分対抗しやすい点もあるが(炎なら水を、水なら雷をという様に有利になる属性で対抗すればいい)1つの能力だけを磨き続け、特性を理解し扱う事に慣れた相手というのは敵に回すとやっかいだ。
初見で相手がどういった能力の持ち主か見極める事は難しい。
一般的に能力は親からの遺伝によるものが多いので、家系によってある程度は絞れるかもしれないが稀に隔世遺伝(炎系の能力の家系に氷系の能力者が生まれるなど)もある。
自分にとって切り札となる能力は隠そうとする者も当然いる。
稀にだが公にしている能力を偽って本来使える能力を隠すものもいるそうだ。
私が純血種だという事実を黙っている事は、見かたを変えれば本来の能力を隠す事にもなる。
――何でも出来るのに何も出来ないと。

特殊能力を数式に例えるならば、貴族の場合は使える公式が限られている。
例えば“2”という解を求めるのに使ってよい公式は“加法”のみとなれば、その数式は1+1=2、或いは2+0=2と絞られてくる。
絞られる分だけ、どんな公式を使えばいいのか悩まずに解を求めるのが簡単になる。
対して私達純血種は加法だけでなく減法や乗法・除法も使って“2”という解を求める事が出来るしもっと複雑な数式にしたって良い。
最後に“2”という解に辿り着きさえするならば。

新しい術式を作るときはまず“解――どんな結果を作りたいか”を決める。
そしてその解に辿り着く為の方程式を莫大な公式の中から探し求めていく。
沢山の公式=知識が必要だからこそ物語に出てくる魔法使いは頭脳明晰な人が多いのだと思う。
時折高レベルの魔法使いがレベルの差を見せ付ける為に詠唱破棄やら省略なりをしているのは不必要な公式を省いている、或いは暗算で解を瞬時に計算しているという解釈も出来る。
私が使っている術式は基本は構築、展開、発動の3段階を経る事で起動する。
術具は構築、展開の段階で止めており発動させていない状態と考えてもらいたい。
既に構築、展開を終えているため発動させる力は構築さいしょからするより少なくてすむ。
術を発動させるスピードを速める為には結局は反復練習が1番効果的。
反射で使える様になるまで体に覚えこませる。
だから結局は純血種でも得意な術や好きな術が出来てくるんだよね。

などと頭の中でゴチャゴチャと考えている間に一条さんは既に部屋の中に入ってしまっており、私も慌てて後を追った。
日光による劣化を避ける為か、窓は天井付近に小さなものがいくつか。
既に陽は昇っている様だが充分な光源とはいえない。ただ私達吸血鬼の目なら部屋にあるものの把握は可能。
いくつもある本棚は年代ごとに別れているらしく中に収められている書類の形式が違う。
向って左側に収められているのは革表紙の古い本。歴史の感じられる匂いがしているのに対して、右側には分厚い背表紙のファイルが多数納められていた。
真正面に据えられているテーブルはおそらくは作業台。詰めれば6人は掛けられそうな幅があるが椅子は4脚しか置かれておらず、ゆったりとスペースがとれそうだ。
それと同じものがもう1セット、合わせて2セットのテーブルと椅子が横に並べて設置されている。
…確か元老院の本部、つまりここが出来たのは今から数百年は前になるが移籍された事はない。
となると隠し通路とか隠し部屋の資料が保管されているとすればその辺りの年代になるはず。
そう推測して右側のファイル…ではなく革表紙の本が多数納められている左側の本棚へと足を進めた。

本棚の高さは見上げるほど。
私の背丈では1番上の段は勿論、2段目ですら届くかどうか怪しい。何か踏み台になるものはないかと辺りを見回して見るが…ない。
元老院に所属するには背の高さも必須条件に入るのだろうか?それとも高身長の人しか資料室を使えない決まりでもあるのか…。
だいたい私の背はなんでこんなに低いんだ?父様は勿論だが母様だって低いわけではない。私だってもう少し身長があってもいいはずだ。…いや、まだ成長期の途中だし、これから伸びるし。
踏み台が置かれていないというだけでちょっとした劣等感を抱かせられる。
後10センチくらいは欲しいな〜と思いながら踏み台に使えそうなものを探すが、この部屋には椅子くらいしかない。
それなりの重量がありそうなので安定感はあるだろうが運ぶのはちょっと面倒だ。何より椅子を足蹴にするのに少し抵抗感がある。…いっそ箒に乗るか?
「僕が上から調べるから玻璃ちゃんは下から調べてね」
サラリと告げて言葉通り1番上の段の右側から本を取り出すと中身を確認する一条さん。
その所作に一連の葛藤を見られていた上に理由を推測された事を知る。
その上で私に恥をかかさない為の提案をし実行してみせる。
なんて気配り上手な人か!
きっとこれくらいの事をなんでもないようにこなせてしまうからこそ枢の“友達”なんてものをやれているのだろう。
天然王様気質だしね、枢って。
私が知る枢は優姫ちゃんや悠様、樹里様といる時が多かったのでむしろ気を遣う側だったけど(主に優姫ちゃんに対して)学園に通うようになって、夜間部生に対しての振る舞いも見る様になって見かたが少し変わった。
枢はどこにいても誰といても“王様”である事に変わりはないが、やはり自分より立場が上(両親とか)の者や同等の者がいる場では少し違う。
また夜会の様な公の場でもなく、学園で一条さんや藍堂さんといる時とも。
まぁ、枢が1番感情のままに行動しているのは零さんといる時だと思うけど。いわゆるケンカ友達というのだろうか?
他の夜間部生よりは気を許しているのか態度が少し砕けたものになっているのが一条さんと藍堂さんだ――主に苛める方面でだが。
一条さんは偶に反撃してるみたいだけど藍堂さんは一方的に苛められてるだけみたいだからな、友達とはちょっと違う。
…あ、ペット?と藍堂さんに対して失礼な事を思うがしっくりと来てしまう。
藍堂さんって枢のこと大好きだし、冷たくされてもめげずに好きだと全身で表しているとことか…何より枢に忠誠を誓っていそうなところとか忠犬っぽい。少しおバカなという注釈がつくのが残念だ。
そうやって考えると自分の気が向いた時だけ構ってますという感じの対応が相手側からの構ってアピールが酷い時に仕方なしに付き合う…という構図もピッタリ!
うん、藍堂さんには耳と尻尾が似合いそう。
見えない尻尾がブンブンと振られている様子まで見えてきそうだ。
「…どうかした?」
「…な…でも…な…」
自身の想像がおかしくて、つい声が漏れてしまったようで、聞きとがめた一条さんに訊ねられてしまう。直ぐになんでもないと返せばそう?と訝しげに首を傾げながらも資料探しに意識を戻す。
いけないいけない、私も集中しないと。
時間がないのだし…と箒を本棚へと立てかけ、ようやく本を1冊取り出して読み始めた。


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