魔女の物語集
□ホーキンス5
1ページ/2ページ
相手は、さすが海軍大将といった所か。
まったく歯がたたない。ロギア系はやっかいだと、腹に開いてしまった穴を手で押さえた。
痛みも血を流す事も、久しぶりに感じた。
口の端から流れている血を拭い、そうでもないかと赤を握りしめる。
『さぁホーキンス、実戦の時間よ』
いつも話している声音と何も変わらない口調でそういって来る恩師の姿を思い出し、笑いそうになった。
こういう時は、どうするんだったか。
自分の実力では倒せない敵と出会ったときは、ああ、そうだ。
ホーキンスはポケットからタロットカードを取り出し、体の一部を伸ばして置いていく。
「逃走率百%、回避率二十%、」
先生の元で学んでいた時に知ったのは、どんな時でも冷静でいなければならないという事。
怯えてはいけない。未来を見る目が濁ってしまう。
震えてはいけない。勝機を手繰り寄せる手に力が入らなくなってしまう。
「勝率百%、死亡率ゼロ%」
どうすればこの状況を打開する事が出来る。最後のカードをめくれば、
「再会百%」
いったい、何と再会するのだろうか。
海軍大将に勝てる人物など、一人しか思いつかない。
「俺も、まだまだだな」
ここに来て未来を見る眼が曇るとは。大将黄猿に勝つことが出来、尚且つここに集結している軍艦を一掃することが出来る人など、どんなに探しても一人しかいない。
『世代交代の時が来たわ』
先生はそう言っていた。自分の終わりを悟って俺に会いに来た。
俺は先生に一人前として認められたというのに、
「クソッ」
こんな所で負けるのかと、カードから顔を上げれば、
「“魔術師”もこれで終わりだねぇ〜」
黄猿がこちらに指を向けて来る。指先が光るのを見ていれば、
「ジャーン!チェケラッ!!」
黄猿が真二つになって爆発した。
見れば、同じルーキーと呼ばれるスクラッチメン・アプーが走り逃げる所だった。
だが、それは黄猿によって阻止された。
こちらに駆け寄って来るクルーのみんな。黄猿と戦っているらしいルーキーの声を聞いていると、
「そこまでにしてくださいな」
幼い子供の声が響いた。
黄猿の攻撃を受けた肩を押さえているドレークに、瓦礫の中から顔を覗かせたウルージ。蹴られた顔面を押さえているアプー。
黄猿は指に光りを集めたまま、声のする方へ目をむけた。
「初めまして、ボルサリーノさん。それとも海軍大将とお呼びした方が良いかしら」
スカートの端を持ち上げて腰を折っている子供は、首を傾げて大将を見上げた。
「お〜〜、こんな所にいちゃぁ〜、危ないよぉ〜〜?」
「ご忠告ありがとうございます。ですが、心配は無用ですわ」
ふふっと笑って、幼い子は後ろに声をかける。
「猫バス、みなさんの具合を見てあげて」
「ニャァ」
呼ばれた猫バスというのは、大きな猫だった。
本当に大きな猫だった。
「お待ちなすってぇ〜、海賊に手をかすのはぁ〜、子供といえども見過ごせないよぉ〜〜」
女の子は笑って、黄猿と向かい合った。
「海賊は自由でいる方が素敵だと思いません?」
笑顔の子供に、黄猿は指先を向けて口を開く。
「んん〜〜、あっしが海賊達を連れていくのを〜、お嬢ちゃんがとめるのかぁい?」
「そうですわね、あなたが私たちを攻撃したら、そうなるかもしれませんわ」
その場からどこうとしない子供に、ボルサリーノは頭をかいて考える。
「男同士の戦いに〜、女子供が出てきちゃぁ〜いかんでしょ〜〜」
言えば、子供はクスクス笑って肩を揺らすとボルサリーノを見上げて小首を傾げる。
「意外ですわ。海兵には女性もいるでしょうに、性別を気になさるんですのね」
「海兵はぁ、覚悟を決めた兵士だからねぇ〜〜」
「そうですか、そうですわね」
頷いて、子供はホーキンスを振り返った。
「ホーキンス、覚えておきなさい」
「、」
自分を見つめて来る子供に、不覚にも泣きそうになった。
「女は男性の意地や夢を追う姿を好きになるのよ」
でもねと、子供は笑う。
「そういう姿を好きになるけど、実の所女には男同士の意地や譲れない誇りなんて関係ないの」
アプーとウルージ、ドレークを担いでやって来た猫バスが、腹に開いた傷を見てくる。
「ニャアアァ」
髭を揺らして子供へ顔を向け、子供は猫バスを見て、黄猿に向かい直す。
「彼らは自由に海を見るべきですわ」
手の平を黄猿へ向ければ、体の自由を奪われたように動けなくなった。
「、お嬢ちゃんはっ、魔術師の仲間かぁい?」
「いいえ、あの子には私以上にいい仲間がいますわ。それに、私海賊になる気はありませんの」
ニコリと笑って、指を一本突き出した。
「だって、私は魔女ですもの。すでに誰よりも自由ですから」
それではごきげんようと、人差し指で円を描くとボルサリーノは一瞬でいなくなってしまった。