魔女の物語集
□ホーキンス8
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それはある日突然起こった事だった。
「俺はこの町で商売を始めた」
金持ちを相手にした船旅。旅といってもそんなに遠くへは行かず、周辺の海上で停泊してパーティーをする。ただそれだけ。
だが、海の上でディナーが出来ると、金持ちたちは群がってきた。
「その日も、いつものように町を離れた」
船はいつもと同じコースを進んでいたが、この日は少し違った。
「海賊が大砲を打ってきたんだ」
甲板は悲鳴が響き、揃えられた食器たちは砕けていく。
海賊たちがアドモンドの船へ押し寄せてきたその時、
「海の上に、男が一人立っていた」
男と分かったのは着ている服と、その胸に輝く勲章のおかげだった。
「服を着た白骨死体が、海賊達をあっという間に沈めちまった」
それだけなら良かった。だが、この話はこれで終わらなかった。
「それ以来、海へ出ればその死体が表れて、船を一隻残らず沈めちまう」
「・・・今のところ、漁師達に被害は出てねぇがな」
アドモンドの部下、エターナに吹っ飛ばされた男が頭を押さえながらティを見る。
「金持ちたちは怯えきって、寄り付かなくなった」
「そういう事だったんですか」
ティは頷いて、皿の下げられたテーブルを前にホーキンスに向き合う。
「ホーキンス、勉強の時間にしましょう」
「はい、先生」
頷いたホーキンスはカードを出して並べだす。
「アドモンドさん、覚えているかぎりで良いので教えてほしいんです」
「あ、ああ。?」
「その死体の服装は?胸に勲章があると言っていましたが」
「あれは間違いなく、海軍将校のものだった」
「その方はいつも一人で?」
「俺が見たのは兵士が数人だけだったが、中にはボロボロの軍艦を見たって奴もいる」
それを聞いて、ティは少し考えてからホーキンスに顔を向けた。
「ホーキンス、あなたには何が見えたかしら」
「よく分かりません」
「?」
見れば、ホーキンスは占いの結果を見下ろしていた。
「死体が海軍将校であることは間違いないようです」
屈強な戦士、正義、死、守護。
「現在を示すカードは恋人達」
どうすればこのカードに結び付くのか分からないと、首を傾げた。
「あら」
ティは声を出すと鞄から大きな水盆を取り出した。
「マスター、お水を頂けるかしら」
水差しいっぱいに入った水を盆へ移し、手を翳すとそこを覗き込んで動かなくなった。
「何をしてるんだ?」
「見ています」
「未来をか?」
「いいえ、全てを」
ホーキンスは答えて、もう一度カードを並べだした。
「俺はまだコントロールすることが出来ません。修業の身では、過去、未来さえ正確に読み解くことが出来ない」
だがティは全てを見ることができると、カードを裏返していく。
「やはり“恋人”が出ます。ですが、さっきと少し違う」
希望の星。昇天、未来がより明確になったといえば、ティは嬉しそうに声を上げる。
「まぁ素敵!アドモンドさん!この依頼お受けします!」
「え?!」
「報酬は弾んでくださいね!それと前払で!」
「この女っ!」
アドモンドの部下が立ち上がろうとするが、アドモンドがそれを止めた。
「あんたには病気を治してもらった恩もある。いくらでも出そう」
それで破産しても文句はないと言えば、ティは笑って水盆に手を翳した。
「では、一番大きな船を一隻出してください。それと出来るだけ沢山のオーケストラも!」
「オーケストラ?」
「ええ!パーティーには音楽が必要ですもの!!」
こうしてはいられないわと立ち上がり、いつの間にか水がなくなった盆を鞄へしまう。
「ペルドーラ!町のみんなにチラシを作ってちょうだい!五日後の夜、満月の日に海上で開催するわ!」
ティは常連の中にいた一人の男に声をかけ、こちらを見ていたエターナに笑いかけた。
「エターナはドレスを持ってる?」
「い、いいえ」
「なら私のを一着上げるわ。せっかくのパーティーですもの、うんとオシャレをしないとね!」
言って、一通の手紙を出すとそれをアドモンドに差し出した。
「この招待状を崖の上に住んでいる“マリー”に渡してくださいな」
このパーティーの主役ですから失礼のないようにお願いしますねと、荷物を鞄に詰め終えたホーキンスに向き直る。
「さぁホーキンス、準備を手伝ってちょうだい」
「はい、先生」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!いくら一番でかい船を出した所で、町中の人間は乗せられん!」
「もちろんです。船は荷物運びに使わせていただきますね」
「荷物、人は、」
「せっかくのパーティーですよ?町中のみんなを招待するんですから、甲板は小さすぎるわ」
言って、弟子を連れて扉に向かって歩き出す。
「ホーキンス、ダンスは覚えてる?」
「練習をしたいです」
「そうね。海の上で踊るのは初めてですものね」
準備が大変だわと、扉を閉めた。
ティのいなくなった店は一度静まり返ったが、
「魔女様直々のご指名だ。俺は先に帰るぜ」
ペルドーラと呼ばれた男は、仲間達に笑って手を振る。
「印刷屋の特権だな」
「羨ましいかこのやろう」
笑って、マスターに金を払っているとアドモンドが声をかけてきた。
「さっきのはどういう意味だ!?」
魔女は何を言っていたんだと聞けば、店のみんなが笑い出す。
「そんなの分かる訳ねぇだろ!」
「あれを理解出来んのなんかホーキンスだけじゃねぇか?」
「俺達の人生全部使ったって“魔女”を理解できる訳ねぇよ!」
「だ、だがっ」
戸惑っていれば、ペルドーラはおどけたように帽子を取ってお辞儀をし、一枚の名刺を差し出した。
「創業二百年の印刷業者、“ボレー”をどうぞご贔屓に」
名刺を受け取れば、帽子をかぶり直して口角を上げる。
「魔女が町を巻き込んで“奇跡”を起こす時は、いつもうちが発信と独占インタビューをさせてもらってる」
代々なと付け足して、飾られている写真を示してきた。
「なんならうちの写真も見に来るか?」
「オメェのとこよりうちのが付き合い長ぇぞ!」
「お前の代で潰れんじゃね?」
「ふざけんな!」
笑いながらペルドーラは出て行った。
名刺と残っている常連達の顔を見ていれば、
「集まる奴らは、代替わりしても集まる」
呟いて、マスターは娘の頭を撫でた。
「次はお前だ」
「うん」