トリップ夢
□失くしたモノの大きさ 2
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『トラ…ファ…、ルガー…ロー…?』
船長さんの名前を言ってみる。
何か思い出せそうなそんな感じはしない。
覚えてないだけじゃなく、知らないのかも知れない。
「これヤベーんじゃね?」
「あぁ…ここまでとは思わなかった」
「ほんとにキャプテンの事、わからない?」
シャチさんとペンギンさんは頭を抱えている。
それに対して、ベポは私の顔を覗き込んだままだ。
『トラファ……?ロー、さ…ん?ローさ、ん?ローさん?』
顔も知らないのに、さん付けで呼んでみるとしっくりきた気がする。
もしかして…私がそう呼んでたとか…?
分からないのに?
「お前は船長をそう呼んでいた。何度も、な…」
ペンギンさんがそう言うと、私から視線を外した。
一体どうしたんだろう。シャチさんもこっちを見ない。
『……やっぱり分からないです。写真とか、ないですか?』
「さっきの…それだ」
ペンギンさんが私のiPhoneを指差す。
もしかして…あの目の下に隈がある怖そうな人…?
『この人…なん、だ……んっ』
眠気が限界だった。
知らない事ばかりで頭がパンクしそう。
覚えていないだけかも知れないけど、全部が全部この人たちの言う事が信じられるかと言ったらNOだ。
「歌音ちゃん?」
「こんな状態じゃ仕方ない。歌音、寝ていいぞ」
男の人のベッドで寝る事には気がひけるけど、この異常な眠気には勝てそうにもなかった。
ベッドに横になると、そのまま眠りに落ちてしまった。
◇◇◇
「で、どうすんだよ」
「船長が戻ればいいんだが…歌音がこんな状態だからな…」
「キャプテン、もしかして歌音と一緒に来るわけだったんじゃない?」
ベポが予想外な事を口走った。
いや待て…ありえない話ではない。
船長室からあのぬいぐるみが消えている。
それに…そろそろ船長が居なくなってから丸3日になる。
「可能性の話だが…」
「なんだよ。もったいぶんなって」
「船長と歌音が来るタイミングにズレが生じたって可能性だ」
「どういうことだよ」
「船長が戻るのは日が変わる頃のはずだった」
向こうの満月に合わせると、0時前後のはずだ。
今は20時を回ったところだ。
「じゃあ船長が来るまでどうしたらいいんだよ」
「……とりあえず他のクルーに見つかるのはマズイな。船長が来るまでは俺が預かる」
「なんでペンギンなんだよ」
デジャブだな…あの時と違い、記憶も無ければいつ戻るかもわからない。
そんな状態でシャチに任せるわけにはいかない。
「オレもペンギンがいいと思うなー」
「ベポもかよ!」
「シャチに任せたらなにするかわかんないし」
「ひっでー」
「日頃の行いだろ」
「うっ」
今の俺たちには出来ることがない。
記憶が戻るのが先か、船長が先か…。
「もしもだ」
「なに?」
「船長が戻っても記憶が戻らない場合…」
「まさかペンギン、下ろすとか言わねーよな」
シャチのサングラスから突き刺さる様な視線を感じる。
俺だってそんなことはしたくない。
「いや…船長にすぐに会わせるべきじゃないと思う」
「真っ先に探すんじゃね?」
「だよな……。命は惜しいからすぐ会わせるべきか…」
俺たちの心配をよそに何事もなかったかの様に寝息を立てている歌音。
ここに来る寸前まで一体何があったんだ。
「そろそろシャチとベポは出てくれないか?」
「うん」
「なにもすんなよ!?」
「シャチじゃあるまいし」
「ひでー」
「なんとでも言え。変化があったら知らせる」
「…わかった」
シャチとベポが出て行くのを確認し、俺は悪いと思いつつも歌音のバッグの中にあったナイフと写真を取り出す。
俺の記憶が正しければ…こっちの女は…
「多少は変わってるがシルヴィー・クロエ…だよな…。恐らくこっちのナイフは…」
細い装飾の柄にはとあるマークが彫ってある。
俺はこれを見たことがある。
「白ひげ海賊団…本当に白烏のシルヴィーの娘か…」
初めは気にしていなかった。
歌音はシルヴィー・クロエにそっくりだった。
違いと言えば…髪の色…ぐらいだな。
シルヴィーを知る人なら勘違いしてもおかしくはない。
「だとすると…この隣の男は歌音の父親か…」
『ぅ…ん…』
「起こしたか?」
歌音に声をかけるも反応がない。
寝相が悪いのか、布団がめくれ上がっている。
布団をかけ直そうと近づくと、服の下がチラリと見えた。
「……船長と上手くいったのか」
前に見たキスマークより数が多い。
多いと言うより、全身にありそうな勢いだ。
布団をかけ直し、俺は歌音の額に唇を落とした。
「………俺は何をしてるんだ」
ワザと声に出す。
答えはすでに分かっている。
◇◇◇
『……っ』
やっぱり夢じゃない。
起きたら自分の部屋にいると思ったのに、私が寝ていたのはペンギンさんのベッドだった。
身体を起こすとペンギンさんと目が合った。
「起きたか?」
『…はい』
異常な疲労感はなんだったんだろう。
どのくらい寝たのかは分からないけど、今はそんな疲労感は感じない。
iPhoneを見るも、時間の表示がおかしいのか窓の外が真っ暗なのに対し19時になっている。
当てにならないかも知れないから電源切っておこうかな。
『あの…今何時ですか?』
「0時過ぎだ。そろそろだな…」
iPhoneの表示が遅れてるとは考えにくい。
日本じゃ無いのなら時差があるのかも知れないけど…それより…
『えっと…なんの話…ですか?』
「船長が戻って来るかもしれない。お前が大丈夫なら船長室に連れて行くがどうする?」
ペンギンさんの問いかけに私は首を傾げた。
他のクルーに見られたらマズイみたいなこと言ってたよね?
『ここから出れないんじゃ…』
「あぁ…悪いが帽子とツナギは着てもらう。誰に会うか分からないからな」
『変装…?』
恐らくツナギって言うのはこの船の制服みたいなものらしい。
シャチさんもベポも着てたし。
「服の上からで構わない。どうせサイズが合わないからな」
と言いながらペンギンさんが持ってきたのは白いツナギ。
広げてみるとやっぱり大きかった。まくって着るしかないかも。
『あの…』
「ん?」
『一応後ろ向いててくれます?』
「…!あ、あぁ!悪い」
そう言ってペンギンさんは後ろを向くどころか、私から離れて背を向けた。
本当なら部屋から出て欲しいけど文句は言ってられない。
上着を脱いで、Tシャツ一枚になると妙なことに気がつく。
『な、…っ!?』
腕と首元に赤い痕が数え切れないほどある。
ぶつけたにしては数が多すぎる。
約一カ月の記憶が無いなら、その間に何かあったのかもしれない。
「…、どうかしたか?」
ペンギンさんが後ろを向いたまま話しかける。
こんなの男の人に言えるわけが無い。
身体がどんどん熱くなる。熱くなる原因ってなんなの?
恥ずかしい訳じゃない。何かこう…胸がドキドキするって言うか…。
『な、なんでも…無いです…』
あまり見ると頭が可笑しくなりそう。
そう思った私は、ズボンはそのままにしてツナギを着ることにした。
ごわごわするけど仕方ない。裾が長いからとりあえず捲った。
『着替え終わりました…』
「…っ!?」
『ペンギンさん?』
「いや、想像異常の破壊ry…に、似合ってる」
今ペンギンさん、破壊力って言おうとしなかったかな。
鼻と口元押さえてるけどどうしたんだろう。
『大分おっきいですけど…』
「お、俺のだからな…」
どうしてさっきからキョロキョロしてるんだろ。
目元が見えないから表情までは分からない。
「あとこれも被ってくれ」
そう言ったペンギンさんが被っていた帽子を私に被せた。
まさかそのまま被せるだなんて思ってなかった。
…帽子を取るとイケメン説ってやっぱりあるんだ。
この帽子って目印か何かなのかな。
「うっ」
『どうしたんですか?』
知らず知らずに私はペンギンさんをガン見してたらしく、手で顔を隠していた。
でも指の隙間から目が見えてる…。
何がしたいんだろう。
「か、可愛すぎるだろ…羨ま…っ」
『えっ』
「あ、いや…お、俺について来てくれ
」
『は、はい…』
ペンギンさんに連れられて作りの違う扉の前までやって来た。
恐らくここが船長室なんだろう。
「入るぞ?」
『…うん』
「ん?」
『え、あ…ごめんなさい…』
私は無意識にペンギンさんの裾を掴んでいた。その手を私は慌てて離した。
どうして掴んだのかは分からない。
ペンギンさんのこと知らないのに…掴めた…?
もしかしたら仲のいい人だったのかもしれない。もしそうなら、ペンギンさんには悪いことしてるのかも。
ペンギンさんに連れられ中に入ると、壁にはたくさんの本。
でも、船長らしき人はいない。
「まだだったか…。返って良かったかもしれないな」
『…?船長さん、船にいないんですか?』
「あぁ…そろそろ戻って来る筈なんだが…」
戻って来るの意味がわからなかった。
この船は動いている。どうやって船に乗るの?
そう思っていると、目の前が眩しいくらいに光りだし私は思わず目を閉じた。
「この光だ」
ペンギンさんが横で呟いた。
この光を見たことがあるってこと?
光がある程度治まってきたところで目を開くと、私は何かに身体を掴まれた様な感覚に陥った。
『っ!?』
私は思わず身体を強張らせた。
掴まれたんじゃない。私、誰かに抱きしめられてる。
「歌音…」
名前を呼ばれるも、知らない声だ。
でもどうしてだろ…安心するようなそんな声。
顔を確認しようと上を見上げるとiPhoneにあった人の顔だった。
と言うことは…この船の船長さん…。
『船長…さん?』
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ペンギン夢かな(デジャヴ)
白烏(しろがらす)はあり得ないことの例えです。
2015/08/08