†頂き物†
□苦しんだのは過去だった
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空港の出口で、京介は不安と期待を抱きながら待つ。
帰国の許可が出た、という知らせをもらってから夜も眠れないほどこの日を待った。そわそわしている自覚はある。だがそれを抑える事が出来ない。
何とか落ち着こうと目を閉じる。
ざわざわと騒がしい喧噪のなかで、あの人の声だけは聞き逃さなかった。
「京介!」
はっと目を開けて、声の聞こえた方を見る。
兄である優一がこちらを見て手を振っていた。
バッグを肩にかけ、近づいてくる。足で、自らの足でしっかりと踏みしめながら。
笑いながら歩み寄ってくる。
「にい、さん……」
「ただいま、京介」
立った優一は京介より背が高い。
段々と涙を浮かべて泣きそうにしている弟の頭を、優一は優しく撫でてやった。
その途端に京介が抱きついてきた。
勢いよく抱きつかず、優しく甘えるような抱きつき方は、きっと京介の身体に沁みこんでしまった兄への気遣いだ。
驚いてバッグを落としてしまったが、優一は笑顔で京介を抱き締める。
「お、かえり……っ、おかえり、兄さん……っ」
「ああ、ただいま。もう大丈夫だからな、京介」
「……っ、う、うあぁあっ、ふ、ぁああ……っ」
号泣してしまった京介に少し胸が痛む。
自分の足が京介に重荷を背負わせ、子供らしい表情を奪っていたのだと思うと、自分自身を呪うしかなかったが、今はもう違う。
足は治った。これで傍にいられる。一緒にサッカーが出来る。弟を守っていける。
しばらくして泣きやんだ京介は、はにかんだ笑顔で言った。
「兄さん、帰ろう」
*****
家に帰ってまず思ったのは懐かしい、だった。口に出せば京介がまた勝手に自分を責めるから言わなかったけれど。
優一にとって何か月、下手をすれば何年ぶりかの自宅は、想像よりも変わっていなかった。
家具の位置が少しだけ変わったくらいだ。家族写真も、サッカーの大会で好成績を収めもらった賞状も、きちんとかざられている。
「何か飲む?」
「じゃあコーヒーがいいな」
「分かった」
キッチンで京介がコーヒーを淹れる音が聞こえる。
リビングをぐるりと見回して、ようやくダイニングテーブルの椅子に座った。
ほどなくしてコーヒーカップを持った京介も、同じように椅子に座る。
「はい、コーヒー」
「ありがとう」
手術のために外国に行き、リハビリも兼ねていたので数カ月。電話でよく二人は話していたが、顔を合わせることは当然なかった。
だからかもしれない。何を話せばいいのか、少し分からなくなってしまったのは。
「兄さん、あのさ」
京介が突然話を切り出す。
その顔を見て、優一はああ、またか、と思った。
いつだって弟は勝手に決めて勝手に想い詰める。自分のせいにして責め続ける。
それが優一はたまらなく嫌だった。
そんな優一に京介が発した言葉は、叱られて当然のものだった。
「俺が弟で、本当によかった?」
コーヒーカップを持つ京介の手は震えている。
怯えているのだろうか。だとしたら、それはきっと優一の返答に怯えているのだ。
ことん、と音をたてて京介はコーヒーカップを置いた。
「京介、もしそれ以上のこと言ったら本気怒るぞ」
「……だって」
「お前がいなきゃ俺はリハビリを頑張れなかった。何も知らない外国で、一人でいられたのは何でだと思う?」
優一は京介の手を優しく握る。
「お前が毎日電話をくれたからだ。こっちの病院にいた時だって、必ずお見舞いに来てくれただろ?」
「それしか、出来なかったから……」
「バカだな。お前の存在そのものに、俺は支えられていたんだ。昔も今も、これからもな」
頭はいいのに、こういう時だけ少し頭が働かなくなる弟に苦笑する。
また京介の目は潤み始めた。
「でもこれからはお前にたくさん守ってもらった分、兄ちゃんがお前を守るからな」
入院している時、弟がフィフスセクターに従っていると知った時、悔しくてたまらなかった。
愛しい弟を守りたいのに、守れない。何も出来ない。
けれど取り戻したから、これからは――――。
本格的に泣き始めた京介を抱き締めるために、優一は椅子から立ち上がった。