しょーと

□ふわふわくまのあかいいと
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ウィィン、という機械音を発して俺の手にあった紙切れはその機械の中に吸い込まれていった。もう聞きなれてしまった雑音。人のざわめき、ボタンを叩く音、電子音。近所にあるそれなりのゲームセンターは俺のような学生達の格好の溜まり場だ。大学生から小さな子供までいる、賑わった空間の中の密かな常連になっていた。俺はそれなりにゲーム、特にクレーンゲームが得意だった。狙った物は逃がさない、それが俺の小さな自慢だったのだが。ちゃりん、という連続的な可愛らしい金属音が終わったのを確認してから出てきた小銭を乱暴にむしりとる。今日このためだけに消えた俺の野口はもう三人目だ。そうして戻ってきた俺は仁王立ちで、クレーンゲームの前に立つ。目線の先には、くま。

(みてろよ・・・次こそは絶対にお前のハートを奪ってやるからな!!)
茶色い毛、くりくりとした黒い瞳、可愛く微笑む口。俺はこの、ふわふわなくまちゃんに悪戦苦闘をしていた。ゲームセンターにはいって直ぐふと目にとまって、まぁやってみるか、程度の意気込みだった。どうせ直ぐに取れるだろうと高をくくっていたのだ。それがどうしたことか、どうしても、取れない。始めこそどうあがいても取れないくまちゃんに腹を立てていたが、それどころかむしろガラスケースの中から覗いてくる愛らしい瞳が俺の胸を締め付け、しまいにはその瞳に恋をした。二枚目の、千円だった。それから先はもう早い。なんとしてでもそのくまちゃんを手に入れたくて、必死の思いでボタンを操作した。高校二年生の男が真剣な眼差しでくまちゃんとにらめっこしている姿は回りにはさも滑稽に映っているだろう。(現に先程、数名の小学生がこちらを指差しながらヒソヒソと話していた。)しかし俺はだれがなんといおうとこのくまちゃんを手に入れるまで、財布の金がつきるまでは絶対に止めないぞ。先程取ったばかりの小銭を入れる。右、前、止める。ゆっくりと下に下がったレバーはくまちゃんの体を右のレバーで傾ける、も、落ちるまでにはいかずそのままかえってきた。ちくしょう!!と心の中で叫び拳をギリリと握りしめれば遠くでまた子供がこちらを指差して母親になにかいっていた。しかしすぐにつれ戻される。・・・泣かないぞ。そうしてめげずにもう一枚、小銭を入れようとしたところで、隣に気配を感じた。また野次馬の小学生の見物人か?そう思って振り向けばそこにいたのは俺と同い年(いや、それより上か?)の男子高校生がいた。驚いて思わず財布から取り出した小銭をまた財布のなかに落としてしまった。

(っつか、目付きわっる!!こっわ!!)
「・・・あ、の?」
「・・・どけ」
「は?」

突然の展開に思わず聞き返せばまた「どけ」とだけ言われてしまい慌ててそのばを退いてしまった。目が、怖かったです。するとそいつは先程俺がいた場所にたって、小銭を入れた。手際よくボタンを操作して、って、まさか。そう思った瞬間、右レバーが押したくまちゃんはグラリと傾いて、おちた。意図も簡単に、ポトリと。そんな馬鹿な。俺は唖然とした。俺があれだけ苦労した物をたった一回で。いやしかし俺の頭の中はそれよりも重大な問題で埋め尽くされていた。

(く・・・っくまちゃああああん!!)

とられた。とられてしまった。俺の愛しのくまちゃんが。頭の中で頭を抱えて転げ回って、そうして相手の高校生に指を指して怒鳴り付ける。(こっちが、必死な思いでとろうとしていたものを!!なんてやつだ!!)そうしてひたすら無責任な怒りをぶつけてからからがっくりと項垂れた。多分同じ種類の、同じ色のくまちゃんを用意されてももう取る意欲は沸いてはこないだろう。あぁさようなら俺のくまちゃん。その糞高校生と幸せになれよ。そう涙ぐみながらその場を去ろうとして、腕を掴まれた。振り替えれば先程の高校生がいて、なんだよほっとけよという目で睨んでいたらズイッと目の前にくまちゃんが差し出されて、え?と間抜けな声が出た。数秒間、お互いに動かないでいると痺れを切らしたのか無理矢理俺にくまちゃんを押し付けて、慌てて受け取った俺を一瞥して一言、「やる」とだけ言って踵をかえした。手の中には愛らしい瞳でこちらを覗き込んでいるくまちゃんがいて、前を向けば後ろで束ねた密網を静かに揺らしながら去っていくさっきのアイツがいて、俺は顔が暑くなるのをかんじた。

見上げてくるくまちゃんの瞳がどことなくつりあがった気がした。


ふわふわくまのあかいいと

あっけなくかわった糸の先端


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