しょーと

□夜と朝の間に沈んだ
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その時間になるといつも、自動的に瞼が開いてしまった。

午前2時頃。しんと静まりかえった深い夜。むくりと起き上がった俺は「はぁ」とため息をついた。ブロロロロ、とバイクの通り過ぎる音、遠くで聞こえる救急車の音を聞きながらぼんやりと天井を見つめる。午前2時頃になると目覚めてしまう癖。いつからか何てもうとうの昔にことだから忘れてしまった。全く、迷惑な癖に好かれてしまったと、もう何度目か分からない寝返りを打つもやはり瞼はいっこうに閉じてはくれず、仕方なしにむくりと起き上がってベッドを降りる。ぺたぺたとフローリングを素足が踏む音がやけに大きく感じた。冷たく堅い感触に身震いしつつも部屋に有る大きめな、ベランダにつながっている窓のカ−テンを開ければきれいな満月が上っていた。それを見つけたと同時にそこに立ち上る煙を見つけて、窓をガラリと開ければ向かい側の住人は此方を振り返える。

「まあた眠れねーのかぁ?アリババ君」
「やめろってその言い方。」

向かい側にあるベランダの壁に寄りかかって此方を見てにやりと笑ったカシムの声色は、明らかなからかいを含んだものだった。むっすりとしながら柵に腕を乗せればカシムも持っていたたばこを下に落とした。ぐしゃりと堕ちたたばこを踏みにじる音がきこえる。カシムとの距離はベランダの柵を挟んでたったの1メートル程だった。この時間、俺が眠れない時に向かいのベランダにはいつもカシムがいて、俺と同じようにぼんやりと空を見上げて静かにたばこを吸っていた。(そんなカシムに思わずときめいたのは一生の秘密。)するとカシムは「で?また眠れねーの?」と聞いてきて喉から変な音が出る。高校生にもなって夜眠れないなんてのも情けない話だ。しかし否定は出来ないので小さくうなずく。

「はあ…。しかたねえなあ。」

そういって目配せをされたので2、3歩下がる。
するとカシムはそれを確認してからベランダの柵に手を掛けて、軽々と柵に乗って、飛ぶ。そうして、カン、と静かな音を立てて此方のベランダに移った。月を背負ったカシムがまた俺の鼓動を早まらせて、ごまかすように笑う。

「悪いなカシム」
「お前、いい加減一人で寝れるようになれよな。」
「う。昔はちゃんと寝れたよ。」

そんなやりとりをしながら部屋に入る。カシムもそれに続いて入ってから鍵を閉めた。かちゃりという音を耳に挟みながらベッドに腰を掛け、そうしていそいそと寒さから逃げるべく布団に潜り込み「カシムも早くしろよ」と声を掛ける。布団から見えたカシムの顔はあきれながらもその瞳の奥にかすかな甘みを含んでいた。ぺたぺたと近づいて、一人分空いたそこに体を潜り込ませてようやく暖かみを感じれてほっとため息をつく。そんな俺を見てまた苦笑に近い笑みを浮かべたカシムはベッドに横にはならず腰かける状態でゆっくりと俺の髪に指を通した。それが気持ちよくて口をゆるませる。その手がゆっくりと頬に当てられて、気持ちよくて自分からすり寄った。そのまま頭を撫で続けられると先ほどの冴えが嘘のように眠気に変換された。

この男は夜のこの時間はいつもの素っ気なさとは180度違って俺に対して甘かった。いとおしむように撫でられて温かい視線を向けられる。よく「ボス猿」とか「兄貴肌」とかいわれるだけのことはあってとても居心地が良い。しかし俺が朝起きた時にはもうカシムはいなかった。それが俺が寝付いた後かどうかは分からないけど、隣に残った温もりとか、不自然にある空間とかがあっても、あれは俺の夢なんじゃ無いかと錯覚してしまう。微睡んだ意識の中で、それが切なくなって無意識にカシムの手を握った。そうしたらカシムは驚いたような顔をして愛おしんだ表情にまたかわる。そのあとに、ちゅっという可愛らしい音と額に温もりを感じた。

「おやすみ、アリババ。」

その一言を最後に、俺の意識は完全に沈んでいった。




夜と朝の間に沈んだ

(そうして朝になれば何事も無かったようにまた仏頂面でお前は俺を出迎えるんだ。)







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