創作小説

□ヒトメボレ
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「んっ!?……なにをっ」
越してきた当日、挨拶に行ったら隣人にいきなりキスをされた。
どうやらこのアパート、そっち系の人しか住んでいないらしい。
通りで家賃が安いはずだ。
玄関に引き寄せられドアを閉めると更に濃厚なキスをされる。
「ちょっ…まってくださいっ!」
思いっきり胸板を押すと、意外にもすんなり離れてくれた。
改めて顔を見ると、目つきは悪いが整った顔立ちをしていた。
「なに」
男は不機嫌そうに俺を睨んだ。
いや不機嫌になりたいのはこっちなのだが。
「俺、女が好きなんで」
「ならいいじゃねーか」
そう言ってまた体を密着してくる。
男らしい胸板に少しだけどきっとしたけど俺はゲイじゃないっ!
「なんでそうなるんですかっ」
「オンナが好きなんだろ?おれ、音名(オンナ)って名前」
「へ?」
非常に間抜けな声が出た。
たぶん顔も。
「音名って言うんだ。よろしくな」
「あ、はい。利久(リク)です、どうぞよろしく」
音名さんはふっと微笑んで今度は俺の背中に手を入れてきた。
「ちょっ…やめてくださいっ俺言ったでしょ…」
「音名が好きなんだろ?」
「そんなの屁理屈…っ」
冷たい指が背中のラインを厭らしくなぞる。
初めての感覚にビクン、と体を揺らすと耳たぶを軽くかじられた。
「いい反応」
「……やだっ」
「嫌だ?俺には逆に聞こえるけど」
そのまま上着をたくし上げられ、乳首に吸い付いてきた。
「い、やぁ…」
甘い刺激に生理的な涙が流れる。
逃げたいのに体が動かない。
「んっ……」
音名さんが体のあちこちに熱い痕を付けていく。
「マーキング。ここの連中、飢えてるから」
男に。
「…………」
「泣くなよ、ダッセェな」
昔から身体が弱かった。
背だって並べば前が多かったし、同い年の女の子でも俺より大きい子がいた。
合気道とか空手とか、色々試してみたけれど健康な体あってのものでどれも長続きはしなかった。
だからもし、襲われるようなことがあったら満足するまでヤらせればいい。
そう思っていた。
思うしかなかった。
でも…
「嫌なはずなのに…本当は嫌でしょうがないはずなのに。なぜか胸が痛い…っ」
言いたいことを言うと涙が止まらなくなってしまった。
音名さんは目を見開いて手を止めると苦しげに笑って俺を抱きしめた。
「わり……お前の気持ち分かってやれなくて…ここに来る奴らみんなそういう奴で、一回ヤったらばいばいするからてっきりお前も」
「ばいばいなんて嫌だっ」
きゅっと音名さんの上着の裾を掴むと今度は荒々しく抱きしめられた。
「俺だって嫌だよ……ダセェけど、一目惚れしちまったんだ」
そう言って一度離れる。
「好きだ、利久」
返事?
そんなもの、当に決まってる。
「俺も好き」


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