宝物御殿
□触れあって愛を語ろう!
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仲居さんが下がると、早速部屋の中を探検し始めた私を見て、慎ちゃんがくすりと笑った。
だってホテルに泊まったことはあっても、旅館なんて初めてなんだもん。仕方ないじゃない。
慎ちゃんとお付き合いするようになってしばらくたった頃、どこかに行きたいねと言い出したのは私だった。
差し迫る大型連休に浮かれた友人たちが、楽しそうに連休中の計画を話していたせいかもしれない。
「だったら遠出がしたい」とか、「せっかくだから泊まりで」と相談するうちに話が膨らんで、はっきり決まったのが連休の一週間前。
もう予約なんて無理なんじゃ…と、諦めムードの漂う中、そこからネットを駆使して(主に慎ちゃんが)、奇跡的に見つけたのがこの旅館だった。
こんな時期に空いてる部屋なんて正直期待はしてなかったんだけど、部屋は広くてきれいだし、ベランダの向こうには太陽の光にキラキラ輝く凪いだ海が見えた。
「わぁ!海だ!」
ガラス戸に駆け寄って、ベランダに出る途中、視界の端に映ったものが気になって、そちらに顔を向けた。
「あれ?」
屋根の庇が大きく張り出しているその下に、それはあった。
「あ!」
湯煙が立ち上る檜の露天風呂。
「すんません、こんなとこしか取れなくて……」
後ろから申し訳なさそうな慎ちゃんの声が聞こえた。でも、私の目は露天風呂に釘付けのまま。
「すごい!露天付の部屋なんて初めて。こんなところが取れただけでも奇跡だよ!ありがとう、慎ちゃん!」
「そ、そうっスか。……それなら、よかったっス」
歯切れの悪い返答に振り返ると、なぜか慎ちゃんは目をそらした。
「慎ちゃん?……どうしたの?疲れちゃった?」
「いや……そういうわけじゃ……」
「そう?じゃあ、せっかくだし、お風呂入ろうよ!」
「えぇっ!?」
途端に真っ赤になって固まる慎ちゃん。
部屋つき露天風呂の他に、大浴場や日替わりでいろんな薬湯もあるこの旅館は、入浴施設がかなり充実しているらしい。だから疲れをお風呂で癒せたらなって思ったのに。
…………なんで赤くなるの?
「で、でもまだ明るいし!……あ、嫌だって訳じゃないっス!……そういうことは暗くなってからの方が……でも、櫻來ちゃんから誘ってくれるなんてなかなかないし…………着いた早々試練っス」
わー……。
独り言が激しい。
おまけに悶えたりして挙動不審だし。
ほんとに……大丈夫かな?
そうして見ていると、しばらく独り言を繰り返した後、慎ちゃんは「よしっ!」と気合い?を入れて、頬を叩いた。
「…櫻來ちゃん」
まっすぐに見つめられて、心臓がドキドキと早鐘を打ち始める。
あれ?
……なんか雰囲気が怪しい?
腰に手が回って引き寄せられると、慎ちゃんが好んでつけている爽やかな柑橘系の香りがした。
「櫻來ちゃん」
すぐ近くで聞こえた声は低く掠れていて、鼓膜から染み込んで身体を震わす。吐息がかかって首元がくすぐったい。
「おれも男っス」
「……やっ……ちょ……そこで喋らないで!」
腕を突っ張って、身体を離そうとしたけれど、拘束は解けずに逆に強く抱き締められた。
「櫻來ちゃんがそこまで言うなら、一緒にお風呂に入るっス!」
「…………はい?」
待って!
一体なんの話?
どうしてこうなったの?
抱き締められて身動きがとれないまま、裾から入り込んできた手が背中を這って服をずり上げていく。
「……やっ……ダメ」
「かわいい……」
熱をはらんで潤んだ目差しが細められて弧を描いた。見つめる目は情欲をにじませているのに、降ってくるのは触れるだけの口づけ。
額に、まぶたに、頬に、唇に。
そうして触れられているうちに、焦れったくなって勝手に身体が動いてしまう。
それに気づいた慎ちゃんが楽しそうに笑った。
「一緒に入るの、初めてっスね。うれしいっス」
私だけに向けられた笑顔は蕩けそうなくらいに甘くて、キュンキュン胸が疼いた。
ヤバい……。
私、萌え殺される!
そうだった。
普段真面目過ぎるくらい真面目な慎ちゃんは、スイッチが入ってしまうと、フェロモン駄々漏れな危険人物になっちゃうんでした。
だったら……。
慣れた手付きで次々と服を脱がされ、ノーガードになった私にできることは一つしかない。
「お、お手柔らかに、お願いします……」
「ちゃんと隅々まで洗ってあげるっス!」と、ますますきつく抱きついてきた慎ちゃんの元気なアレが下腹に当たって、本気で泣きそうになったのはいい思い出…………ということにしておこう。
(終)
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