過去拍手集

□天然と天然
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「わかってるって…そっちこそ気をつけろよな。」
 ある日の朝、ジョーが身支度を整えてギルモア邸のリビングに降りると、普段は聞こえないはずの声が耳に入った。
「おはよう、ジョー。すぐに朝ご飯アルよ。座って待つヨロシ。」
「おはよう。」
 朝食の準備をする張々湖と挨拶を交わし、ダイニングテーブルに着く。
「もうカタはついたからな、あと2、3日で帰るさ。」
 リビングに入った時にジョーが感じた違和感の原因はリビングの片隅で彼に背を向けて受話器に向かって何事かを話しているジェットの姿。お世辞にも規則正しい生活リズムを守っているとは言えない彼が自分より早く起きているというのは失礼ながらジョーにとって不思議だった。
「彼女に電話しなきゃいけないから起きたらしいアルよ。朝からお熱いことヨ。」
 そんな彼の疑問を見抜いたのか、自分も同じ疑問を持っていたのか、張々湖がその種明かしをしてくれた。
 つい数日前から、日本で起きたちょっとした厄介事に手を貸すためにジェットは日本に滞在している。その際、NYに残してきた恋人への電話らしい。
「おかげで今日は朝食の準備も片付けもスムーズに終わりそうアル。毎日でも電話してもらいたいくらいネ。」
 張々湖の最もな意見にジョーが笑っていることにも気付かず、ジェットは電話を続けている。
「言われなくても土産くらい買ってくっつーの…ああ、わかったよ。」
 そろそろ彼女との会話にも区切りがつくのだろうか。そんなことを思いながらTVをつけようとジョーがリモコンに手を伸ばしたちょうどその時、耳に入ってきた一言にジョーは目を丸くした。
「じゃあな、Love you.」
 その言葉とほぼ同時に受話器が置かれ、ジェットはダイニングテーブルに着いた。
「お、Good morning, ジョー。お前毎日こんなに朝はえーの?」
「そんなに早い時間でもないけど…ジェット、さっきなんて言って電話切ったんだい?」
「ああ、あいつせっかく日本に行ったんだから土産買って来いってさ。」
 注文が多いぜ、とジェットは苦笑いをしてみせる。
「いや、その後…」
「後?」
「慎み深い東洋人には刺激的すぎアルね。ホント、ジェットは朝からお熱すぎアル。」
「何がだよ?」
 かみ合わない二人の会話に張々湖が呆れ顔で加わる。何をそんなに不思議がられているのかがわからず、ジェットは眉を寄せる。
「朝っぱらから甘ーい声で「Love you」なんて言われたらこっちはびっくりアルよ。」
「なんだよ、そんなことか。相手は恋人だぜ?なんか問題あんのか?」
 それがどうかしたか、と言わんばかりのジェットの様子にジョーはますます目を丸くして彼を見る。
「お国柄の違いアルね〜。我々には考えられんアル。」
 張々湖の言葉とそれに頷くジョーに今度はジェットが目を丸くする。
「え?ジョー、お前言わねーの?」
「張大人の言うとおりだよ。日本人はそういう愛情表現は公にしないからね。」
 ジョーの説明に台所に立つ張々湖が何度も頷く。東洋人二人の意見を聞いてジェットは怪訝そうな顔を作る。
「日本人ってのはいつでもこっちの予想以上に堅苦しいよな。お前なんか結構なタラシのくせに。」
「ちょっと、朝っぱらから人聞きが悪いなあ。タラシなんて。」
「事実だろ。公にしねえってことは二人っきりの時は一体どんな凄いこと言って落としてんのやら。」
「ジェットにそういうこと言われたくないなあ…自分だって前科がまったくないわけじゃないくせに。」
 朝食前の風景にしては何とも不釣り合いな会話を繰り広げ始める二人に、張々湖は大きくため息をつく。
「どっちもどっちヨ、この色男どもは…」
 そんな呆れ声もどこ吹く風、と色男どもの会話はフランソワーズがダイニングに現れ、雷を落とすまでまで続くのだった。


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