白夜叉の傍観

□部外者
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「天女様、いきなり走られてどうしたのですか?」


「俺達心配したんですよ?」


「転んで怪我でもしたらどうするんですか!?」




眼の前の群青色の五人は娘を囲んで口々にそう言い放つ。

おい、待て…誰が、何だって…?



『小松田さん…コレは一体…嫌、俺が居ない間に何があったんです?』



俺の横で渋い顔をしていた小松田さんに視線をやる。

小松田さんは何度か娘達の様子を伺ってから、そっ…と耳打ちしてくれた。



「うん…実はね、心綺くんが忍務に出て暫くしたら、“天女様”が突然空から落ちて来たんだ」


『はぁあ?』



小松田さんの口から出た言葉に思わず声を上げてしまう。
「静かにー!」と小松田さんの両手で口を塞がれる。


慌てて娘たちに視線をやったが、話しに夢中で全く気付いていない。
伊助は只俺に抱き着くだけ。



「…あんまり大きい声出さないでね、天女様に気付かれた面倒だから…」


『あ、はい…すみません…。
で、その…天女様って、もしかしなくてもあの娘ですよね?』


「うん。彼女が落ちて来た時、たまたま近くにいた七松小平太くんが抱きとめたみたいなんだけど…」



小松田さんの話しによるとこうだ。

娘が急に空から降ってきて、それを慌てて抱きとめたのが七松らしい。

そのままにしたら辺り一面大惨事だからな。下級生…特に一年生には見せる訳にはいかないだろう。


七松が上手く抱きとめた娘を警戒してその場にいた六年生が集まったそうだ。

お前は何者だ、誰かの問いに娘は笑顔で

「私は“天女様”よ。今からずぅーっと未来からきたの」と言ったらしい。


それを聞いていた先生方や三年生数名は、コイツ大丈夫か?と思ったそうな。
誰だって思うだろう。

彼等は忍だ。そんな嘘信じる訳がない。
しかし、六年はそれをあっさり信じたそうだ。

おいおい…。




事件はそれで終わらなかった。
学園長は娘の滞在許可を出してしまうわ、上級生共は天女とやらに現を抜かすわ。


授業や鍛錬そっちのけで天女にまとわりついているらしい。
おかげで上級生の授業は無くなるわ、上級生がいない委員会はパニックになるわで…。



上級生が揃いも揃って小娘如きに何をしている。しかも六年生。お前達はあと一年で立派な忍になるんだろ?

何をしている。流石の俺も呆れてしまうぞ…。


“天女様”?その小娘が??
はっ…こんな小娘が麗しく清らかな心を持った天女な訳ないだろう。

何を馬鹿げた事を…と思うも、俺が知っている五年と眼の前の五年が違いすぎる。今の説明に納得せざる得ない。


俺が呆れた眼差しで彼等を見つめていると、その中の一人が此方を振り向いた。
おや、見過ぎていただろうか…。



「ん?…伊助??」



此方を見ていたのは俺の所属する委員会の後輩、久々知兵助だ。


久々知に名を呼ばれた伊助がビクッ…、と身体を強ばらせた。
どうしたのだろうか…。


こちらに近付いてくる久々知。
冷たい気配を出す久々知に、怯える伊助。
尚も近付いてくる久々知は、無表情…。



「伊助……



天女様に謝れ」



冷たく発せられた言葉。

あの後輩想いで優しい久々知が…。
伊助は確かにドジをしたりする。それは笑って許せる範囲外でも。


それでも、久々知は笑って許して居たはずだ。
伊助がその小娘になんて言ったかなんて知らない。だけど、久々知よ。

素性も知れぬ小娘のために怒る程の事を、伊助はしたのか?



「そうだぞ、伊助。天女様に向かってアレはない」


「例え心優しい天女様だからと言って、傷付いんだ」


「伊助、謝るよね?」



久々知に釣られる様に伊助に詰め寄る他の五年。
上から竹谷、鉢屋、不破。


その表情には笑みが浮かんでいるが、その瞳は一切笑っていない。
嗚呼、こんな顔。まだ幼い伊助に見せるべきではない。



…何がそこまで君達を変えているのだろうか…。




震える伊助の頭に手を置き、優しく撫でてやる。
嗚呼、怖いね。忍務の時のような彼等の冷たさ、知らないものね。



『伊助、教えておくれ。君は天女サマに何をしたんだい?
彼等が此処まで怒るのだから、それなりの理由があるんだろ?』



優しく優しく撫でて、伊助を落ち着かせる。
けして恐がらせない様に、優しい口調で。

落ち着きを取り戻したのか、伊助はポツリ、と小さく呟いた。



「この人が…、この人が来てから…先輩たち可笑しいくなったんです。
授業や鍛錬もしなくなって…、委員会にも…出なくなって…、みんな、寂しいッ…て…」


『うん…』


「だから、僕達一年生言ったんです!先輩方を返してって!!変な術でみんなを困らせないでって!!」



上げられた顔は苦し気に歪められていた。
泣きすぎて赤く腫れてしまった瞼。頬を伝う雫はとまる事を知らない。


嗚呼、可哀想に…。君は、君達は寂しかったんだね…。
突然現れた小娘に慕っていた先輩を捕られて。



「そしたら、そしたら…この女、“私が愛されるのは当然でしょ”って…“私と居た方がみんな幸せでしょ”って…“だから君も忍なんか辞めなよ”って…!!」


「先輩を捕るけじゃく、僕達を否定したんです…ッ!今まで頑張ってきた事、全部…ッッ」



わぁああ!!と大声を上げて泣く伊助の言葉に、胸張り裂けんばかりの鋭い痛みが胸を刺した。


――この小娘…俺の大切な子等に…なんて酷い事を言った?




「っおい!伊助!!この女とは何だ!!」


「天女様に向かってなんて物言いだっ!!」



伊助の言葉が気に食わなかったのか、鉢屋と久々知が怒鳴る。
それに小さく悲鳴を上げた伊助。


――嗚呼、愛おしい君達にこんな感情を抱く日が来ようとは思わなかった…。



そうさせているのは小娘、手前なんだろ?

伊助の言葉に傷ついた様に顔を歪めて。今にも泣きそうに振舞って。不破に抱き締められて、頬が緩んでるぞ?

嗚呼、何故こんなにも手前に拒否反応を起こしていたのか今やっと判った気がする。


それは手前が、










部外者

だからだ。




(誰が許可した?土足で箱庭を荒らす事を)








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