白夜叉の傍観

□穏やかに笑う
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【03.穏やかに笑う】






怯える伊助の脇の下に手を差し入れ、その小さな身体を抱き上げた。
抵抗されてしまうだろうか…そんな不安が過ったが伊助は大人しくしていた。


それどころか、俺の首に顔を埋めてまた泣いてしまった。
嗚呼、ごめんね。君を抱き上げていたのは、何時も久々知だったものね。


俺の体温は低いから、安心させる事はできないんだ。

今は俺で我慢しておくれ。必ず、全て元に戻すから…。



伊助の背を撫でながら、俺は自称天女サマに笑みを浮かべる。

伊助を抱き上げたことで、五年生の視線は伊助から俺に移される。
今やっと気付いたというところだろうか。


俺を視界に入れた瞬間「心綺、凛桜……、先輩」と口にする久々知。
おやおや、そんなに顔を歪めて。俺の名を口にするのも厭な程、嫌いなのかな?


鉢屋なんて嫌悪感を隠しもせずにいるし。
二人ほどではないけれど、若干眉間に皺を寄せている不破と竹谷。

尾浜は俺の出方を探っているのか、まん丸い瞳を鋭くさせて俺を見つめている。


そこまで俺の事が嫌いなのかい、君達。
まぁ、別に今更だから気にはしないけどね…。


さて、それよりも今は……。



『初めまして、天女サマ。俺は六年は組、火薬委員会委員長の心綺凛桜です』


「ぇ、火薬委員長…?」



俺の自己紹介に、小娘はそう小さく吐き捨てる。歪められた顔もほんの一瞬で元のものへと戻る。


不破の腕から離れた小娘はにっこりと微笑みを浮かべる。



「私は愛っていうのぉ、よろしくねー」



手を差し出されたが、俺は気にせずに“はい”とだけ返す。

手を握る?冗談じゃない。こんな小娘の手など触れたくもない。



『ところで、天女サマ』


「な、なぁーに?」



手を握り返さなかったのが気に食わなかったのか、眉間に皺を寄せる小娘。なんとも不細工…嫌、醜い顔だこと。

話しを進めようと小娘を呼べば、慌てて表情を戻す。
媚を売った様な甘ったるい口調。嗚呼、気持ち悪い。


表情に出ないよう気にしながら、俺は聞きたかった事を口にする。



『伊助に言った事は本当ですか?』


「伊助くんに言った事??」


『“私は愛されて当然”、“私と居た方がみんな幸せ”…“だから君も忍者なんか辞めなよ”。

これは一体どうゆう意味ですか?』


「どうゆう意味って…そのままの意味だよぉ?
私は天女様だから、愛されるのは当たり前でしょ?みんなも私の事好きって言ってくれるしぃ、私と居たいって」


「下級生から先輩をとったつもりなんてないのよ?だけどみんなが私を愛するのは当たり前の!だから仕方ないのよ…」


「伊助くんは誤解してるけど、私が忍者を辞めろって言ったのはぁ、みんなに傷付いてほしくないからなの」


「私とずぅーっと一緒に、ここ(学園)にいる方がみんな忍務で傷付くこともないし。そしたら、みんな幸せでしょ?」



可愛いと思ってやっているのか、小首を傾げてそう口にする小娘。…嗚呼、気色悪い。腹が立つ…。


自分勝手にも程があると思わないか?自分が愛されて当然?上級生が小娘を愛するのは当たり前??
先輩をとるつもりはない??

誰も傷付いてほしくない?みんな幸せ??


馬鹿な事をつらつらと…。
既に傷付いている者が大勢いるだろ。小さな子等から大切なものを取り上げて。

傷付いてほしくない?傷付けているのは手前だろ。



『伊助達を否定したというのは?」


「それはねぇ…実は私今からずぅっと未来から来たの。そこは“平成”っていう時代で、今よりも平和な時代なんだぁ。
戦争も国がしちゃいけないって決めててね、悪いことをすれば処刑される。とっても平和なの。この時代に来て、戦を知って…だから私思ったの――」



小娘の言葉に苛立ち始めたが最後の小娘の言葉に、俺は鈍器で頭を殴られた様な衝撃を受けた…。



「“ああ、なんてムダな争いなんだろう”って」


『む、だ…?』



小娘の吐いた一言に、俺は腹の底からどろどろとしたものが溢れ出る。
嗚呼、何なんだこの女。


ムダ?無駄だと??
この学園には戦で家族を失った者もいるんだぞ?自分を守って眼の間で息絶えた家族。その死が、無駄??

将来、城に仕える者も、戦忍になる者もいる。


確かに戦が正しいものとは思わない。けれど、それは仕方のない事。皆、それは理解している。

だから彼等は、大切な者を護る為に日々鍛錬している。忍務で人を殺める事もある。
それでも、自分の護るモノの為にと…。


それをどうだ。この馬鹿女、この子等が此処でしてきた事、学んできた事全て否定しやがった。


俺の大切な、愛おしいこの子達を…

否定しやがった――。


嗚呼、あの小さな子等はこの話しを全部聞いてしまったのだろうか?
なんて酷い事を…。




「だからねぇ―…『嗚呼、もうたくさんだ』…ぇ?」



未だに長々と否定し続ける女に冷たくそう吐き捨てる。
伊助の耳を塞ぐ様に、俺の首と手でその耳を覆う。

この子をこれ以上、傷付けたくない…。



俺の雰囲気が変わったのが判ったのか、女の話しを熱心に聞いていた五年生が女と俺の間に割って入る。



『天女サマ…アンタの言い分は判りましたよ。けれど、それが正しいとは言いません』


「え…?」


『誰も傷付いほしくない?何を寝ぼけた事言っておられるのやら。既にこの子等が傷付いているじゃないですか。大切な先輩をとられ、挙句の果てには忍者になろうと今まで努力してきた事全て否定された…。


俺はそれが赦せない……』



ひどく驚いた様子の女に、俺は作り笑いを向ける。
しかし、表情を変えられても声色までは無理だった様だ。

自然と口から出た声色に、眼の前の五人は酷く驚いた顔を浮かべていた。
自分でもこれ程冷たい聲が出るとは思わなかった。



『自分のした事に、まだ気付きませんか?まぁ、下級生達に謝って上級生達を返すというのなら…俺は何もしませんよ。それ以上咎めたりもしない…。
どうします?』


俺の言葉に、女は態とらしくヒッ…と悲鳴をあげる。そんな女を優しく抱きしめる不破。
そんな不破の腕の中で女は「私、何もしていない…」と口にする。

その震え声も計算の内なのだろう?あぁ、どこまでも腹の立つ女だこと。



「お可哀想に…こんなに怯えて…」


「天女様に向かってなんて失礼な事言いやがるんだ!!」


「学年が上だからって、偉そうに…っ!!」



不破、竹谷、鉢屋、久々知から殺気が溢れ出る。
それに腕の中にいた伊助や小松田さんがビクっと身体を震わせた。


ここに長居していてはこの子等が可愛そうだ…。それに他の一年生も心配だし。
仕方ない、此処は一旦退くか。


俺は作り笑いをやめ、後ろにいる小松田さんへと微笑みかける。



『入門表にはサインしましたから、俺はこれで失礼しますね。小松田さんも他の仕事があるのでしょう?


…此処は一旦退きましょう。小松田さんは安全な所に行ってください』


「ぇ?、ぁ…うん、そうだった!じゃあ僕はこれで!」



彼にしか聞こえない様に呟いた言葉に、最初は戸惑った様だが俺の言う通りに動いてくれた。

校舎の方へと去るその背を見送ってから、女へと視線を移す。
そしてにっこりと笑みを浮かべる。



『でわ俺はこれで…』



怯える女と警戒する五年生の横を通る。その際、女にだけ聞こえる様に囁く。



――…手前の幸せは、あと何日で終わりかな…?










穏やかに笑う



(その微笑みを浮かべるは夜叉)






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