白夜叉の傍観

□たった一人
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【04.たった一人】
二郭 side







空から天女さまが落ちて来てから、先輩方が可笑しくなった。

忍術学園一ギンギンに忍者している男、潮江文次郎先輩は鍛錬もそっちのけで天女さまにゾッコンだし。

あの立花仙蔵先輩なんて警戒するどころか毎日天女さまを口説き倒している。その姿は南蛮の王子様みたいらしい。しんべヱが言ってた。


他にも七松小平太先輩や中在家長次先輩も授業そっちのけで天女さまと一緒にいるし、食満留三郎先輩や善法寺伊作先輩も同じ。


六年生の先輩方は卒業が近いというのに…見知らぬ女に何をしているんだ!ってある先生が激怒してたっけ…。


だけど六年の先輩方だけじゃなかった…。

六年生の先輩方と一緒にいた五年生の先輩方も、最初は天女さまを警戒していたみたいだったけど、次の日になると警戒心はどこへ行ったの?って状態。


「あの人は正に天女様だ!」「あんな慈悲深い方は天女様以外にいない…」とか、訳の判らない事を言い出して…。


最初は敵を騙すのに、嘘でも言っているのかと思ったけど、眼が本気だった。
先生方や学園長もドン引きする程。


あの真面目な久々知兵助先輩だって…

「天女様が居られるのに、授業なんて出ている暇はない。天女様を狙って敵が攻めてきたらどうするんだ!!」

だって…。豆腐が一番だったのに…。声を荒げる人じゃなかったのに…。



「…久々知君達も一人の男の子だもの。目の前が見えなくなるくらいの恋だってするよ…」



先輩方の変わり様に落ち込む僕ら一年生に、タカ丸さんがそう言ってくれた。

タカ丸さんと一緒にいた他の四年の先輩方も、優しく、だけど悲し気に頷く。



「そう、ですね…」




だけどまた次の日、そう仰っていたタカ丸さんが滝夜叉丸先輩が田村先輩が。

なんで五六年の先輩方と一緒に天女さまと居るんですか?なんで“好きだ”と、“貴女は素晴らしい方だ”と…。

頬を染めて口にしているのですか?








「…先輩方、どうしちゃったんだろう」


「…可笑しいよね、もう一週間だよ?」


「女の人の変な術にかけられてるんだよね、きっと…」



寂しそうに呟いたしんべヱの言葉に、教室にいたみんなの手が止まった。
そしてそれが合図の様に、ぽつりぽつりと呟く。

今まで我慢してきた所為なのか、口から出るのは先輩方の事…。


委員会に行っても、先輩方の姿は其処にない。天女さまが来てから一度も…。

三年生の先輩や二年の先輩方でなんとか仕事をしているけど、やっぱり出来ない事もある。

三年生のいない火薬委員会や学級委員会は特に…。


だけど一番は、先輩方が居ないことが寂しい。それと同時に、三年の先輩達も天女さまの方に行ったらと思うと、とても怖くなった。


多分そう思っているのは僕だけじゃない。乱太郎やきり丸もしんべヱも…は組だけじゃない。

一年全員…二年生の先輩方も…。
三年の先輩方も…。



だから僕達、一年生全員で話し合って、あの女の人に“先輩方を返して”ってお願いする事にしたんだ。


上級生の先輩方がいない隙を狙って食堂に行けば、買い出しに行っているであろうおばちゃんの手伝いもしないで…。

あの女の人は呑気に茶を飲んでいた。
事務員として置いてもらってる身としてどうなんだろうか…。



だけど今はそんな事はいい。本題を早く言わないと、あの人から臭う噎せ返る程の甘い臭いで倒れそうだ。


しんべヱは犬よりも鼻がいいから、早くしないと…。
そう思って、庄左衛門と僕が代表して云ったんだ。




「お願いです!先輩方を返して下さい!!上級生がいなければ委員会は機能しないし、今の状態を狙って敵が攻めてくるかもしれません!!」


「変な術で先輩方を惑わせないでください!みんな困ってるんです!!」



必死な僕らのお願いを聞いていた女の人は「うーん…君達の気持ちは痛い程わかった…」と、笑った。


だから僕達は喜んだんだ。話しが通じたって。自称天女を名乗るだけあって、慈悲の心はあるんだって。

だけど、その言葉の続きを聞いた瞬間…僕らは己の耳を疑った―…。




「けど、天女である私が愛されるのは当然でしょ?みんな私が好きだって云ってるしぃ、私と居たいって言ってくれる。
それなら危険な争いばかりの外に行かないで、私と一緒にずぅっと、此処に居る方が幸せでしょ?
いつ死ぬのかも判らない忍者なんて辞めてさ、君達も私と一緒にいよ?」


「忍者を、…辞める?」



誰かの呟きに、女の人はにっこりと笑った。
そしてその顔で、残酷な事を吐き捨てたんだ―…。




「忍者に憧れるのはわかるわよ?戦忍になるのだって格好良いのかもしれないけど、なるだけムダよ?たった一つのお城のためだけに死ぬなんて馬鹿げてるじゃない」


「だから、ね!忍者なんて辞めて、私と一緒にここにいましょ?
大好きな先輩達とも一緒に居られるし!うん、それがいいわ!!」




名案だと言わんばかりに一人はしゃぐ女の人。

この人は今、なんて言ったの…?
“忍者になるのはムダ”?“なるだけムダ”?
だから“忍者を、辞めなよ”…??


僕達が忍術学園(ここ)で学んできた事は全部ムダなモノだったの?
忍者を目指して日々鍛錬していたのも全部ムダな事だったの…?

立派な忍者になりたくて、忍者の事を知りたくて、今まで頑張ってきた事全部…。


無駄なものなの……??






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