白夜叉の傍観

□たった一人
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「お前達、こんな所で何をしてるんだ?」



呆然と立ち尽くす僕達の後ろ…食堂の入口から聞き覚えのある声がした。

それに僕達は勢いよく振り返った。
だって、その声の主は…この気配は…。



「「「久々知先輩!!」」」



僕達一年生に名を呼ばれた声の主、久々知先輩は不思議そうに首を傾げられた。

その後ろから竹谷先輩、不破先輩、鉢屋先輩、尾浜先輩が入って来た。


そして泣きそうな表情をする僕達に「どうしたんだ?」って声をかけてくれた。


だから僕は久々知先輩に女の人に言われた事全部話したんだ。
僕達よりも日々努力している先輩方なら、あの人に何か云ってくれるって。


だけど僕は、忘れていた。
久々知先輩を入れたこの先輩方が“天女側”だって事…。



「あぁ、その話なら前に聞かせてもらったな。とても素晴らしい話しだった」


「それがどうかしたの?」



久々知先輩に続いて不破先輩の仰った言葉に、僕は泣きそうになった。

だって、だって…あの人は僕達だけじゃない、先輩方も否定したんですよ?


今までの努力も、先輩方の想いも何もかも…。
それなのに、あの人の方が正しいと…?



悔しくて、凄く悲しくて…。
先輩方を変えてしまった女の人が憎くて…。



「伊助くん…」



俯く僕に、女の人が触れようと手を伸ばしてきたけど、僕はその手を叩き落とした。

そして女の人を強く睨み上げた。



「なにがっ…なにが天女様だよッ!天女様なら、僕達から大切なモノを取り上げないでよ!!僕達の努力を、想いを…否定しないでよっ!!
此処から…僕達の大切な場所から出て行ってよぉッッ!!」



今まで我慢してきた所為なのか、口から出た言葉。

これは僕だけが思っていた事じゃないと思う。

だって僕の言葉に、乱太郎やきり丸もしんべヱも庄左衛門も…は組のみんなだけじゃない。

い組もろ組もみんな、泣きそうな顔。
それにつられて、僕もまた泣きそうになる。



「…伊助っ!」



…だけど、久々知先輩の怒声に、出かかった涙が引いていく。

久々知先輩の怒声なんて、初めて聞いた…。


僕は恐る恐る視線を後ろにやった。
けど、後から後悔した。見なければ良かったって…。


だって、久々知先輩が、竹谷先輩が、不破先輩が、鉢屋先輩が…。
とても冷たい、殺気に満ちた瞳で僕を見ていたんだもの…。


呼吸が止まりそうだった。先輩方のこんな顔、初めて見た。敵に向けていたであろうその瞳で、僕を見ている事に。


大好きだった先輩方に、
恐怖を覚えた―…。





僕は食堂の裏口の方へと走った。それから無我夢中で外を走った。


どこをどう走ったのかなんて覚えていない。
只その時は、先輩方から、あの女の人から逃げたかった。







何時の間にか門の所まで走っていた。其処に立つ見慣れた後ろ姿。小松田さんだ。

誰かと話しているみたいだったけど、僕を追ってくる女の人の気配がして、助けて欲しくて勢いを止めずにそのまま抱きついた。


腰の衝撃に悲鳴をあげた小松田さん。ごめんなさい、今はこのままでいさせて下さい。


そんな事を考えていたら、頭上から優しい聲が僕の名前を呼んだ。

数回しか話した事ないけど、一度聴いたら覚えてしまう程優しい聲の持ち主。
火薬委員会委員長の心綺凛桜先輩。



顔を上げて姿を確認したら、やっぱり心綺先輩だった。

真っ白な髪の間から覗く紅い瞳。優しく微笑みを浮かべて僕を見る先輩に、僕は堪えていた涙が溢れ出た。


だって、僕に優しく笑ってくださる先輩は…もう、居ないんだと思ってたから…。


急に泣き出した僕に驚いて、おろおろしている心綺先輩。でも今は事情を話している余裕がなくて、僕は先輩に抱きついた。


怒られるだろうか…。そんな思いもあったけど、衣服越しに伝わる心綺先輩の低い体温に、気配を感じない先輩に…不安が込み上げて…。

せんぱい、って…嗚咽混じりに何度も呼んだ。
今この瞬間だけでも良いから、一緒にいて欲しい…。



だけど僕の願いは虚しくも終わる。



「あれぇ、あなたは…?」



僕の後を追ってきた女の人が来た。甘ったるい臭いが強くなる。媚びた様な声に、先輩が女に視線を移したのを感じる。


先輩、お願い…この人を見ないで…すきにならないで…。
心綺先輩だけは、そのままでいて下さい…。


だけど、僕の考えとは裏腹に心綺先輩は女に好意を持つ事はなかった。


それどころか、女の人とその人を追って来た先輩方に怯える僕の頭を、優しく撫でてくれた。

女の人に云われた事を言えば、心綺先輩は自分の事の様にその綺麗な顔を悲しそうに歪めてくれた。


それにまだ身体が震える僕を抱き上げて、優しく抱きしめてくれた。

大きなその手で、背を撫でてくれたり。
女の言葉が僕に聞こえないよう耳を塞いでくれたり…。


心綺先輩のその優しさに、僕の震えは消えていた。










たった一人



(僕達に笑ってくれる先輩)




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