白夜叉の傍観

□嫌われ者のお月様
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『…じゃぁ、俺は行くね』



そう呟いて背を向けた心綺先輩。


ああ、先輩。待って下さい。まだ貴方に伝えたい事があるんです。一つだけ…、どうしても伝えたい事が。


その背を追い掛けようと一歩踏み出した時、横切った青色が心綺先輩の深緑を掴んだ。


眼の前の光景に、僕は身体の動きが停止した。
何故なら、心綺先輩の長い袖を池田先輩が掴んだからだ。

嫌、それだけじゃない。池田先輩が口にした言葉に、身体が停止したんだ。




「心綺、先輩…あの、お願いが…あります」




同じ火薬委員会で、直属の後輩先輩の関係だと言っても、池田先輩は一年長くこの学園にいる。

つまりは上の先輩方から僕達と同じ様に、“心綺凛桜に近付くな”と言われている筈だ。


僕達よりも警戒していた筈の先輩が、心綺先輩に“お願い”があると云った…。



袖を掴んで俯く池田先輩に、心綺先輩は身体の向きを変えた。

そして優しく池田先輩の名を呼ぶ。
それに池田先輩は意を決した様に俯いていた顔を上げ、口を開いた。



「あ、のっ…心綺先輩を避けていた僕がこんな事言うのも…おこがましいかもしれませんが、先輩に…お願いしたい事があるんです…っ」


『…“お願い”?』


「先輩を…先輩方を…あの女の術から…っ、助けてください…っ!」


『………』


「掌を返す様な事をしてるのは判りますっ!身勝手な事を言っているのも承知していますっ!でも、…もぅ、先輩しか…


心綺先輩しか、いないん、…ですっ」


『…三年の子等は…?』


「…三年の先輩達も頑張ってくれてます。ですが、あの女から先輩達を助ける事は出来なくて…っ!

だからお願いします!僕達には、もう、心綺先輩しか…頼れる先輩がいないんです…っ」



涙が出ない様に唇を噛んで耐える池田先輩。
そんな先輩を、心綺先輩は只真っ直ぐに見詰めて…瞳を閉じた。

そしてまた開いた時、一つ、雫が零れた―。




『君達にはもう、俺しか“先輩”が居ないんだね…こんな俺を頼りにするしか…。けれど、俺は彼等を元に戻す術を知らないんだ…。ごめんね?

けど、――――――……』




心綺先輩の最後のお言葉に、池田先輩は堪えていた涙を流した。僕達も吊られる様に涙を流して、大声を上げて泣いた…。



だって…

僕達の話しを聞いてくれる先輩なんて、上級生にはもう、いないと思ってたから…。
こんな事をお願いできる先輩も、もう、居ないと思ってたから…。



今まで避けていた先輩が、何の関わりもない僕達の願いを聞いてくださるなんて…思わなかったから…。

先輩に…あんな事を云われるなんて思わなかったから…。







ねえ、先輩。僕は…僕らはまだ子供だから恋とかは判りません。
だけどコレだけは判ります。


貴方方が嫌っている人は、誰よりもこの箱庭を…僕らを…、

愛していらっしゃいますよ…。









――…必ず、前の様に笑顔溢れる学園に戻すから…俺の大切なこの場所を、君達を、あの子達を…もう、傷付けさせないから…


――…だから、今この時だけ…“先輩”として、君達の前に居させておくれ…?









嫌わ者のお月様




(箱庭を優しく照らす)




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