白夜叉の傍観

□穏やかに、
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【07.穏やかに、】





「全く…忍務に出てその報告を直ぐにせんとは…」


『あはは、すみません学園長。帰って来て早々ちょっとバタつきましたね…報告の事すっかり忘れてしまいました』



学園長先生が淹れてくれた茶を飲みながらそう笑って返せば「笑い事じゃないわ」と呆れられる。

まぁ、そりゃそうだ。忍務から帰って来たのは昼時で、報告に来たのは夕時。来て早々
小言を言われた。
しかし、決して怒られなかった。


と、言うのも、俺が学園に帰って来てから学園長先生がいる庵まで先生が隠れて見ていたからだ。


つまりは俺がこの学園の問題の種…あの女に出会した事。様子が可笑しくなった五年との接触、一、二年との会話。尾浜との会話が知られている。

見られている事を知っていて敢えてそのままにしたのだって、どうせ庵に来た時に色々訊かれるから。


それなら一々俺が説明せずとも、先生が学園長先生に報告した方が信用性が増すってものだろう。



「…訊くまでもないとは思うが、あの女子の事をどう思った?お主の口から直接聞きたい」



決して美味いとは言えぬ茶。けれど俺の為に淹れてくれたのが嬉しいので口内でその味を堪能していると学園長にそう問われる。

半分程入った湯飲みから口を離して、湯飲みを持った両の手を太股へと置く。



『正直言ってあれは好ましくありません。一目見た瞬間嫌悪感を覚えました。それに…


俺の大切な者達に手を出した。あの子達を悲しませた…。
あれは此処に居て良い存在ではありませんね』



俺の言葉に、学園長先生はニッコリと口角を上げ親指と人差し指を輪にして「ごーかく!」と仰った。

それに俺もニッコリと微笑み返す。


嗚呼、可愛い。年老いても茶目っ気のあるこの御老人で可愛いと思うのに、学園を出て会う人々にはそう思わないのだがら此の箱庭に依存しているなぁ…と内心思う。


ほろ苦い茶を飲み干しながら、ヘムヘムの淹れた茶も久々に飲みたい…と此処にはいない忍犬を思い浮かべる。






『それじゃぁ、俺は此れで失礼します。約束をしているので…』



一礼した後、俺は庵を離れそのまま生物委員会の飼育する小屋へと向かう。
もうだいぶ陽が傾いている…あの子は待っていてくれているだろうか。


不安からか、俺の脚は自然と速さを増していた。
角を曲がった先、虫小屋付近に生えている樹に寄りかかる若草色に、俺は安堵する。


近くに駆け寄れば俺の気配に気付いたのか、首に巻いた赤い蛇と共に俺の方を見る。

四つの眼がどこかキラキラと輝いていて、慣れないその眼差しに苦笑してしまう。



『すまないね、孫兵。こんな時間まで待たせてしまって』


「いえ、大丈夫ですよ。凛桜さんを待つのは好きですから。ねぇジュンコ?」


『おや、そうなのかい?』



意外な言葉に首を傾げると孫兵は首に巻いた赤い蛇、ジュンコを撫でながら嬉しそうに微笑む。

またそれに首を傾げてから立ち話も何だから…と孫兵が寄り掛かっていた樹の根元に腰掛ける。


俺につられてその場に腰を落とした孫兵。
その様子を眼で追っていたら孫と視線が合って、孫はニコリと微笑む。

まるで逢瀬を楽しむ女子の様なその行動に、むず痒く感じると同時にその愛らしさに俺も自然と口角が上がる。



それからは他愛ない話しに花を咲かせた。孫の友達…左門と三之助が迷子になって作兵衛が泣きながら探し回っていたとか。

喜八郎の落し穴に一度も落なかったと嬉しそうにしていた数馬が、藤内が予習として掘った落し穴に結局落ちたとか。


脱走した毒虫を皆で三年長屋中いないいないと探し回っていたら、何故か数馬の布団に集合していたとか。


「藤内と同室なのに可笑しいですよね?どこまで不運なんだか」


って口に手を添えて笑う孫に俺も一緒になって笑う。

孫とはこうして談笑する事がたまにある。俺と孫と、ジュンコ…俺達だけの時間。それは人目を避けてするから月に数回。

委員会が忙しい時や人目が多い時には逢えないから、月に一度あるかないかって時もあった。



『ふふっ……』


「どうしたんですか?」



突然笑いだした俺に、話しを止めてキョトンと不思議そうに俺を見上げる孫。
何時もは無表情が多いその顔に、年相応の幼い表情が戻る。

それがまた可愛くて、俺は自然と微笑む。



『嫌、只…孫兵とこうして話す時間が、とても居心地がよくて。幸せだなぁ…って、想ったんだ』



何時の間にか俺の脚の上に来ていたジュンコの頭を撫でながら、想ったままの事を口にする。

その言葉を聞いて、孫は驚いた様に眼を見開くと「…嬉しいです」とうっすら頬を染めながら微笑んでくれた。



「…凛桜さん、貴方を待つ時間が僕は好きだと云いましたよね?何故か判りますか??」



穏やかに流れる雲を見上げながら、孫はポツリ…と呟いた。
それに首を軽く左右に振り判らない事を示してから、『何で?』と優しく返す。

俺の反応を横目で確かめた孫は恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに言葉を紡いだ。



「貴方は何時も気配を消しているじゃないですか。何処に居るのか判らない…だけど、貴方の暖かく見守る視線は感じる。それも僕は好きなんですけど、僕はこうして貴方と逢う時…貴方を待っている時間の方が好きです」


『どうして?約束した時間よりも遅れて来るのに…』



孫の言葉に、俺は聞き返す。何故なら俺が、何時も時間よりも遅れて来るから。と言うのも、誰にも見られない様にしているから。

だって俺はこの学園で唯一嫌われている。上級生…特に五、六年に。


俺が後輩に逢うのを嫌がる彼等に、俺が孫兵に逢いに行くなんて知られれば何て言われるかなんて簡単に想像つく。


しかも孫の属する委員会の先輩は五年の竹谷だ。動物的勘を持ち合わせている彼は俺の“人とは違うモノ”を感じ取っている。

それ故か、五年の中では警戒心が一番強い。


そんな彼等に知られれば、孫に注意をするだろう。しかし、それに孫が従うとは思えない。

もしそれで口論になり、考え過ぎかもしれないが…上級生と不仲にでもなったらと考えてしまうのだ。


それだけは阻止しようと、人目を気にして行動しているのだ。だから約束した時間通りには来れない。

それなのに、孫は俺を待つのが好き?それはいったいどういう意味なのか…。


俺の考えている事が判ったのか、孫は眼を細めてクスクスと微笑する。



「僕に逢いに来て下さる時は、微量ながらも僕に判る様に気配を出してくれる…誰も知らない貴方の、とっても柔らかなその気配が。
遠くから僕の所まで近付いて来るのが、とっても嬉しいんです。


姿を見せない貴方が、僕にだけ…見せて下さる。逢った瞬間に見せるその優しい微笑みが、僕は好きなんです…凛桜さん」



ふわり…、と頬を染めて微笑むその姿に。俺は瞬きを繰り返す。

まさかこんな事を想ってくれていたなんて、思いもしなかった。
信じられない、と思う以上に…とても嬉しく感じた。



『…有難う、孫兵。俺も君と逢うこの時間が、とても好きだよ』



俺の言葉に孫は「このまま時間が止まればいいのに…」と悲しく呟いた…。


そうだね…“人”である君にはこの時間が短く感じるものね…。
“神”である俺にとっては、瞬き程のとっ…ても短い時間。



『だが、時間が止まってしまえば孫が好きだと云った俺を待つ事が出来なくなるよ?』


「…そうですね、こうしてずっとお話していたいですけど凛桜さんを“待つ”事が出来なくなるのは…嫌ですね」



悲し気に眼を伏せる孫…その頭に優しく手を乗せた―。










穏やかに、




(一刻、一刻と流れるこの時間が、)

(憎くて愛おしい…)






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