白夜叉の傍観

□流れる朱
2ページ/2ページ





暑い雲の隙間から時折見える満月を見上げる。深呼吸をするかの様に深く吸い込み、そして深く吐き出す。


真っ白な煙はゆらゆらと揺れながら天へと上がり、直ぐに消えてゆく。


何時かは俺も、この煙の様に天へと上がりあの子等の前から消えるのだろうか…なんて、考えてしまう。



どうせあと**年だと言うのに…。何を考えているのやら。

自分の考えに嘲笑していると、後ろに気配が降り立った。


忍だと言うのに態と音をたてて歩く所を見ると、どうやらご立腹らしい。
普段からこの子は気が長い方ではないが、俺関連だとその気は一段と短い様だ。



『今晩は、い組の学級委員長さん。夜分遅くにどうしたんだい?』



視線を満月から背後に立つい組の学級委員長こと尾浜に移す。
笑みを浮かべていることが多いその顔はムスっとしている。


はて、俺は彼を怒らせる様な事をしただろうか…?


まん丸いその眼を不機嫌に釣り上げている尾浜を見上げる。

そんな俺に、尾浜はチラリ…と視線を俺の手へとやった。「煙草…」小さく呟かれた言葉に、手に持った物に俺も視線をやる。


白をベースにした珍しい作りの“煙管”。

俺の手にあるその煙管から尾浜へと視線を戻す。



『…これがどうかしたのか?』


「…忍の癖に煙草吸うんですね」



呆れた様なその言い草に苦笑しつつ、煙管を再び口にやった。
今度は軽く吸って、ゆっくり吐き出す。

その動作を食い入る様に見詰める尾浜に、今度は微笑みが溢れる。
呆れて物を見るその瞳の中に子供らしい、好奇心が見えたからだ。

この時代、煙管なんて滅多に見ないからだろう。



『この煙草は特別でね、薬草を燃やしているんだよ。だから煙草特有の臭いも無いし、敵に見つかる恐れもない』



尾浜の言葉に返す様に云えば、「薬草?」と聞き返される。



『そう、薬草。心を落ち着かせる効果がある薬草をね、考え事している時なんかに吸ってるんだよ』



「へー…」なんて、生返事を返す尾浜。
それにまた苦笑してしまう。



『それより、君の用件はなんだい?俺に用がって来たのだろう?』


「ああ、そうでした。先輩に用があって探してたんですけど、全く見付からず…学園中走り回ってたんですよ。お陰でこんな時間になってしまいました。
心綺先輩、夜分遅く失礼します」



俺の言葉に此処に来た理由を思い出した尾浜。

無表情で捲し立てる様に云った尾浜の言葉に、この子が苛立っていた理由が判った。


俺に用があって探していたが、気配を完全に消していたから見付からず。学園中探し回っていると気付けばこんな時間。

で、つい先程やっと見付けたらしい。



『嗚呼、すまないね。まさか君が俺に用があって探してたなんて…思わなかったから』


「その言い方からすると、俺が学園中駆け回ってたのには気付いていたんですね」



尾浜の言葉に『まぁね』と返すと、舌打ちをつきそうな程に顔を歪めた。



『すまないね、俺は君達の前には出れないことになっているから…』


「…先程言っていた“約束”、ってやつですか?」


『…察しが早くて助かるよ』



微笑みながらそう言う俺に、尾浜は顔を歪めた。不愉快、だとは思うがそれは俺に対してなのかその“約束”と言う言葉に対してなのかは判らないが。



「……、先輩が本当に俺達に手を貸して下さるとのなら、話しておかなければいけない事があります。
三年生の事ですが…」


『三年生の子等が天女を暗殺しようと企んでいる事なら知っているよ』



言いにくそうに言葉を詰まらせた尾浜の代わりに、恐らく彼が言いたかった言葉の続きを口にする。


すると矢張その話題で合っていたらしく、尾浜は眼を見開いて驚いていた。



『どうして、って言いたそうだね。
実は君と別れ学園長の元に行った後、三年の生物委員の子と逢っていたんだ。
その子から、三年全員の想いを聞いた。彼等の決意も…。

全てを聞いた後、一層あの小娘が憎くなったよ。抱いてはいけない殺意を、あの子達に抱かせた…。でもね、それと同時に、自分が情けなくなったよ。
どうして早く帰って来なかったのかと…。そうすれば、あの子達に、辛い選択を選ばせなくてよかったのにって…。

君にも、“後輩”を護る為に悪役を演じさせてしまった…』



最後の言葉に、尾浜が息を呑んだのが判った。
決して口にしていないのに、何故自分の想いが判ったのか…。恐らくはそう思ったのだろう。

そりゃぁ、判るさ。一二年の「“頼れる先輩”は心綺先輩しかいない」って言葉に、隠れて聞いていた君が悲しそうに顔を歪めていたからね…。




『…あの小娘は俺が殺す。だから君は、後輩を護っていてね…。
なぁに、君達があんな小娘の血で濡れる事はないさ。これは忍務なんかじゃない…。汚れた血で染まるのは、穢れた俺で十分…』










流れる朱




(其の色に染まるのが役目、)

(其れが“俺”という存在の意味だから…)





前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ