白夜叉の傍観

□手をひく貴方
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その後、心綺先輩に抱き上げられて、木々を飛び交い、裏々山まで来ていた迷子二人を無事確保出来た。

険しい道中だったのか、所々擦り傷している二人に怒鳴り散らしたのは云うまでもない。



「そう言えば作兵衛、何でこのヒトと一緒に居るんだ?」



三之助の突然の呟きに、心臓がドキッ…とした。

左門から三之助へ視線をゆっくりとやれば、気怠げな表情はそのままなのに、二つの眼(マナコ)は獣の如く鋭く、心綺先輩を見詰めていた。


流石暴君と呼ばれる体育委員会委員長七松先輩と一緒にいるだけある。日々鍛え上げられているせいか、獣の勘…とでも言うのか。


俺は今までの経緯を二人に話した。
心綺先輩のお陰で見付けられたんだ、そう伝えれば二人は流石上級生と関心していた。

けれど、三之助の観察する様な視線はそのままで。俺は冷や汗を流す。
あれほど三之助が厄介だと思った事は初めてだ。



「じゃぁ、何で作兵衛を連れて来たんすか?俺達二人を作兵衛の前に連れて行けば良かったのに」



三之助の指摘に俺は確かにと思った。
俺が一緒に行く事を申し出る前に、先輩は“君も一緒に連れて行く”と口にした。


俺もその答えが気になって、視線を少し離れた場所にいる心綺先輩にやった。



『何で、って……簡単な事さ。俺は君達を見付ける事はできても、その手をとって一緒に帰る事は出来ないもの。
君達を迎えに行くのも、共に帰るのも。その子しか出来ないだろ?』



当然の様にそう口にした心綺先輩に、俺達三人はポカーンとした。

まさかそんな単純なものだったなんて…。



その時の俺はそう思ったが、今思えばあれは俺達三人の仲に入って来ようとしない先輩なりの優しさだったのだと思う。


それを感じとったのか、踵を返し背を向け歩き出そうとしていた先輩の腰に左門は抱き付いていた。

突然の事に眼を見開く先輩に「帰り道が判らないので、連れて帰ってください!」と、口にする左門。


先輩に対してなんて口の聞き方だ!って怒鳴る俺の横を通り過ぎ「じゃ、帰るか」と後頭部に手を回して呑気に歩く三之助。


オイ、無自覚迷子!先輩は前だよ!!何で後ろに歩き出すんだ!?


懐から縄を取り出せば、唇を尖らせて「縄嫌だ」と文句を垂れる二人。このヤロウ…っ!

結局何時もの様に右に三之助、左に左門と手を繋ぐ。



「あ、心綺先輩も手繋ぎましょ!先輩気配がないから、途中で見失うかもしれませんから!」



左門の言葉にまたも眼を見開いて驚く先輩。
しかし、その後困ったように微笑した先輩の『…俺に触れても嫌じゃないの?』という言葉に、左門と三之助は不思議そうに首を傾げた。



「どうしてですか?僕は全然嫌じゃありませんよ??」


「俺も別に気にしてませんよ」


『…君達が気にしなくても、…彼等との“約束”でね…』


「「「“約束”…?」」」



先輩の口にしたその言葉に、俺達三人の声が見事に重なる。



『そう、約束。君達後輩と関わってはいけないんだ。今回は事が事だったし…仕方がなかったけれど、これ以上約束を破る訳にはいかない…。
ごめんね、その気持ちだけ受け取っておくよ』



先輩の言葉にあからさまに落ち込んでいる左門。
三之助も左門ほど表面には出してねぇが、その表情は少し暗い。

各言う俺も、少し残念に思った。俺達と距離を置きたがる先輩に、寂しいと…想ったからだ。


寸分前と今との自分の変わり様に笑っちまう。



『…手は繋げないけど、袖を掴んではどうだい?』


袖?と聞き返す左門に、先輩は頷く。


『服に触れるだけなら、破る内に入らないかもしれないしね』


そう言って優しく微笑んだ先輩に、左門は眼をキラキラさせながら群青の袖を掴んだ。





道中、全く口を開かなかった先輩だったが、俺達の漫才の様な会話でその口元が優しく弧を描いていたっけ……。




その一件が切っ掛けで、左門と三之助は先輩をいたく気に入り暇があれば先輩を探す様になっていた。


勿論常に気配を消している先輩を探しだせる訳もなく、只迷子になる回数が無駄に増えるだけに終わった。

そして俺も迷子を探す回数は二割増し…。
委員会で鍛えられている所為なのか、俺はへろへろになってると言うのにアイツらの元気は尽きる事を知らねぇ…。


俺の身体を心配して逃げ回るのを止め、姿を表してくれた心綺さんが菩薩様に見えた…。



『君達と関わる事に対してだけれど…、此れからは先輩後輩ではなく“友人”として接するからね。だから君達も、俺の事は先輩とは呼ばないこと。
それと、この事は俺達だけの秘密。上級生に知られると厄介だから…。あまり話す機会がないけど…


それでもいいの?』



先輩の言葉に、俺達は首を縦に振った―…。












「――…作兵衛、」



心綺さんと初めて逢った時の事を思い返していると、聴き覚えのある聲が頭上からした。


それにハッと我に返ると、眼の前に降り立つ人影。
デジャブを感じながら相手を確認する為視線を上に上げれば宙を舞う真っ白な髪が視界に入る。

あの時と同じ状況…けど違うのは、真っ白な髪が流れる服は群青ではなく深緑で。
青ではなく若草の装束を俺が着ている事だ。



「どうしたんですか、心綺先輩」



相手の名を口にすると、心綺さん…嫌、心綺先輩はニコッと微笑みを浮かべる。



『作兵衛が左門を探してるって聞いたから、手伝いに来たんだよ』


「すみません、お忙しい先輩の手を煩わせてしまって…」



つい先日あった集会。あの後、先輩と尾浜先輩は各委員会を手伝いに回っている。
今だってきっと何処かの委員会の手伝いをしていたに違いない。


忙しなく動き回っている心綺先輩に迷子探しまでさせてしまうなんて…。



俺の考えを察したのか、心綺先輩は俺の頭を優しく撫で


『“友人”を探すのは、普通だろ?』


と、優しく微笑んでくれた。

それに俺も笑い返すと、『じゃぁ、行くよ』と俺の手を引き歩き出した―…。










手をひく貴方




(貴方の白い手がひいたのは、)

(手だけじゃないから…)

(あと数年したら俺が、惹かせてみせます)








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