白夜叉の傍観

□逢いたい…
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【11.逢いたい…】
綾部 side





前にも増して騒がしくなった学園。それを右から左へ流しながら校庭の片隅で穴を掘り続ける。

ざくざく、只その音だけが僕のいるこの空間に反響して落ち着く。



煩い雑音を消す様に腕を動かし続ける。…そう言えばこの騒がしさ。

あの女が落ちてくる前の学園に似ている気もするけど…きっと気の所為。あの日常が戻ってくる筈ないもの。


もし戻ってくるとしたら、それはあの女が居なくなったら。そしたらあの女に騙されていた先輩や同級達が眼を覚まして。

皆の処に戻ってくる。
立花先輩も滝も三木もタカ丸さんも。


そうなれば僕もまた学園中に穴を掘る。そしてそれを埋めようと必死に働く用具委員会が居て。

委員長の食満先輩に追い掛け回される。逃げる先は勿論、立花先輩の所。そしたら食満先輩は「後輩の躾がなってない!」って立花先輩に怒鳴って。


立花先輩は「後輩への躾がなっていないだと?貴様誰に物を言っている。」って焙烙火矢を食満先輩に投げる。


その光景を見ていた周りの忍たま達は可笑しそうに笑い出す。



そうしたら、ホラ。楽しげな声に釣られてあの人は静かに姿を見せる。その綺麗な顔に優しい笑みを浮かべて、クスクス笑ってる。

僕はこの人を見たいから、同じ事を繰り返してる。飽きてしまわない様に、面白可笑しい事も、蛸壺を掘りながら常に考えている。



けれど残念な事に、その人は何時も屋根の上にいるから太陽が邪魔してその姿をちゃんと見れない。

けど、太陽を憎く思う事はない。だって、その人の真っ白で綺麗な髪を照らしてくれるもの。


光を反射して、キラキラ輝く髪はより一層美しい。この世のモノとは思えない程に、余りの美しさに眼が離せない。


そんな綺麗な人を、学園中は忌み嫌ってる。
別に嫌いじゃないけど、あの人を馬鹿にする時の皆は嫌い。

たとえ立花先輩や滝、三木でも。その言葉を口にする時の彼らは大嫌い。



「白い髪が気持ち悪い」とか「血の様な紅い瞳が気味悪い」とか。

そんな中傷ならまだいい。只の悪口だもん。けど、あの人を知っている五,六年は酷い。



あの人を心から嫌悪し、蔑み、バケモノ扱いする。
あの人よりよっぽどバケモノじみた人が居るというのに…。


容姿が違う事がそんなに異様に見えるのだろうか?奇怪??…僕には到底理解出来ない感情だ。




――…ざくっ、ざくっ、ざくっ!



ああ、いけない。前の学園の様子を思い出していたら何時の間にかあの人を馬鹿にする先輩達を思い出していた。


苛立ちをそのままに乱暴に踏子ちゃんを扱って土を掘ってしまった。落ち着かないと…。


荒んだ心を落ち着かせようとその場に腰を落とす。冷たい土の壁に背を預けて何気なく上を見上げれば、まぁるい穴の向こう。
真っ青な空に白い雲が流れていく。

蛸壺の中から音をなくした所為で、穴の中には外から音が入り込み反響する。


…そう言えば、あの人も良くこうしていたっけ…。

カサカサと風に揺られ音を奏でる草木に鳥の囀り。遠くに聞こえる明るく高い、子供の声。



(――……落ち着く…)



何が、と問われても判らない。反響する音は綺麗、とは言えない音だけれど、何故か心が落ち着く。


あの人と同じ事をしているから、かもしれない。


随分深く掘ったから蛸壺の中は真夏だと言うのに丁度よい涼しさだ。
瞼を瞑れば今にでも寝そう…。



(このまま眠れば、起きた時はあの人が居るだろうか…)



なぁんて、事を考えながら、僕はゆっくりと瞼を下ろした。

今までろくに寝ていなかったからその反動かなぁ…。急に疲労が襲ってきた感じがする。

それもそうか。あの女と出会したくなくて。あの女を追い掛け回す先輩方や級友が見たくなくて。


朝一から夜遅くまでずっと穴を掘っていたんだから。

競合区域はあの女が落ちるからダメって立花先輩に怒られてしまったから、今じゃぁ校庭の隅の方で黙々と。


まぁ、あの集団はここら辺には来ないからその点で言えばいい場所かもしれないけど。


そんな事を考えていると土の匂いしかしなかったのに、気付けば微かに甘ったるい臭いが鼻を掠めた。



それにぱち、と眼を開きこの四年間で募らせた忍の実力を総動員させ、極限まで気配を殺した。


…遠くから近付いてくる気配は…あの女と六年生のか。恐らく、食満先輩に善法寺先輩、潮江先輩、それに立花先輩か。


普段なら四年の僕が六年相手に通用する筈がないが、今のあの人達はあの女しか眼中にない。

僕の気配だって判る筈がない…。大丈夫、僕は毎日こうしてあの女から身を隠してるじゃないか。この前は五年生も気付かなかった。


大丈夫、大丈夫…。あの四人の先輩方は気付かない…。

身を抱く様に両腕を胸の前で交差させ、立たせた膝に額を押し付けた。…大丈夫。




息を殺して寸分たった頃。離れて行く気配とあの女の臭いに、僕は安堵する。

ああ、けれど…立花先輩は何時も僕の気配には気付いてくれていたのに…。今じゃ全く気付いては下さらない…。


それが悲しくて、寂しくて、辛い…。



――…喜八郎…。




脳裏を過るあの人の聲。凛として透き通る、優しい聲。


…はぁ…、早く帰って来ないかなぁ…。



「…凛桜、さん…」



ポツリ、と漏らしたあの人の名。

そう漏らしてしまったが最後、無性に逢いたくて仕方がなくなる。
あの人の笑顔がみたい、あの人の聲が聴きたい、あの人に…逢いたい…。



零れ出そうになる涙を必死で我慢する。
あの人に逢えないなんて珍しい事じゃない。今回はまだ、二週間じゃないか。短い方だ。


だから、…我慢、しなくちゃ…っ







「――…喜八郎、」



今までいろんなものに堪えていた僕に、神様からのご褒美なのか…。

僕が今一番聴きたかった聲が頭上から僕の名を呼ぶ。


幻聴かと思ったけど、確かにその聲はこの蛸壺の中で反響した。
幻聴じゃ、ない…?


ゆっくり顔を上げればまぁるい穴の向こう、真っ青な空をバックに深緑がある。

真っ白な絹糸は陽の光を浴びてキラキラと輝き、風に揺れている。
顔は影になってよく見えない。

けど、僕はこの人が誰なのか直ぐに判った―…。



「みーっつけた」



楽しげなその聲に、僕は立ち上がる。ああ、でも、夢中になって掘った所為で、爪先で立っても自分じゃ全然出れそうにない…。


それが判ったのか、すぅー…っと、あの人は僕に手を差し出してくれた。

何時もは長い袖で隠された白く細い手が、僕に伸ばされる。

それに眼を見開くと「出ておいで」と優しく口にする。


嬉しい…けど、僕は泥だらけ。手なんて一番汚れてる。コレではあの人に触れられない…。



「…て、……から」


「ん?」


「僕の手、汚れて…汚い、から…」



カラカラに乾いた喉から発したその言葉に、あの人は一瞬きょとん、とすると、次第に可笑しそうに笑いだした。

今度は僕がきょとん、とする。アレの何処に笑うところがあったのだろう…。



そして暫くすると笑いは止み、今度は困ったよう微笑まれる。



「ふふっ…全く、君は…。そんな事気にしないから、ほら…いい加減其処から…」



「――…出ておいで…、喜八郎」



微かに見える唇が優しく言葉を紡ぐ。

僕は唇を噛み締めて、あの人の手へと手を伸ばした。


その細い腕の何処に力があるのか、あの人は片腕で軽々と僕を蛸壺からすくいあげてしまった…。



衝撃に耐えようと眼を瞑っていたけど、ポス…と何とも軽い音が鳴っただけで想像していた衝撃は一向にこない。


そっと眼を開けば眩しい陽の光に一瞬眼が眩んで細めたけれど、状況を把握しようと視界を開く。


そうして一番に入ってきたのは、鮮やかな紅い色の瞳。真っ白な髪…。
数ヶ月ぶりにちゃんと見る、あの人の顔…。


僕の、逢いたかった人…。



「…凛桜、さん…?」


『なんだい、喜八郎…。そんな顔をしなくても、俺は本物だよ』



クスリっと優しく微笑んだあの人は…僕の頭に手を置き、泥や汗でグチャグチャな髪を梳く様に優しく撫でた。

その手の温もりに、優しい手つきに、その聲に。僕の中のナニカがプツリッ…と切れた。



『ははっ…ほんっとーに泥だらけだぁ…!「凛桜さん…!!」…っと』



首に腕を回して、キツく抱きつく。力加減が出来ないから、苦しいかもしれない…。そう思っても、凛桜さんから香る優しい匂いに体温に。


離れたくないと身体が拒否する…。

瞳からは涙がボロボロと零れ出て、嗚咽混じりに何度もあの人の名を呼ぶ。其処にいることを確認する様に…。



「…ぅ、…凛桜…さんっ、凛桜…ヒクッ…さん、凛桜さん…っ」


『よしよし…今までよく堪えてたね…』




ああ、凛桜さん…。
貴方を想う度に胸が痛くて涙がでてしまう…。

やっぱり僕は、滝や三木、タカ丸さんより…。
立花先輩よりも貴方の事を―…










逢いたい…




(一等好いております…)








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