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「ふぅううう…」


廊下で一人、息をふきだす。
これから、新しい学校の新しいクラスで自己紹介だ。
緊張しないと言ったら嘘になる。
実際心臓はもう口から出てしまいそうなほどで、額に少し汗がにじみ出てきた。
簡単に言ってしまえばど緊張している。

目が回ってしまいそうな程の緊張の中、教室から先生の声が聞こえた。
教室に入れとのこと。
それを耳にしてからまた心拍数が上がりだした。


「今井さん?」

「あっ、はい!」


声うらがえったかも、と思ったが発せられた言葉は少し焦りの色が見えたがまともに返事出来ていた。
そのことにちょっと安心する。

扉に手をかけ、深呼吸。


「(よしっ!)」


ガラッ

思い切って扉を開けた。
先程から扉に集中していたのか、誰も首は動かさずそのままこちらを見ていた。

おお、と少しの歓声が聞こえたがそれを気にする余裕もないまま教卓へと向かう。


「えー、今日からこのクラスの一員になる今井紗希さんです。今井さん、自己紹介」

「え、はい」


きっと今顔は真っ赤だろう。
手を下でもじもじさせながら、言う。


「えっと、今井紗希です。わ、わからないことも沢山あるので、教えて下さい。よろしく、お願いします」


パチパチと、盛大な拍手をされた。
きっとここもしらけた感じになるのだろうと思っていた私には、なんだか新鮮だった。


「じゃ、今井さんの席はあそこね」


指差された場所に目をやると、窓際の一番後ろだった。
自己紹介という任務を終えたことに少し安堵するが、まだ緊張は解けない。
ぎこちない歩き方で、指定された席へと向かう。
その途中に、よろしく、と次々に声をかけられた。


「(ここのクラスはあったかいな)」


そう思いながら、机の横のフックに鞄をかけ席につく。
ふと前を見ると、絹糸のように細くて綺麗な髪が目に入った。


「よろしく。俺は夏目貴志」

「え」


前を向いていたはずのその人は、こちらを向いて声をかけてきた。

きめ細やかな肌に、スッと筋の通った鼻。
澄んだ瞳に長い睫。
その綺麗な顔立ちに思わず見とれた。


「あの?」

「…ぁ、ご、ごめん!ぼぅっとしちゃって。こちらこそ、よろしくね夏目くん」

「ああ」


ふわりと、花が咲くような笑みだった。




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