押して引いて
□私見えるんです
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「そう…。今井さん、色んな学校を転々としてきたのね」
二つ並んだベンチに座って他愛もないことを話していた。
「うん。でも今回からは私一人暮らしだから、もう転校することはないかな」
「えっ、一人暮らし?!」
笹田さんがびっくりして、箸に摘まんでいた玉子焼をお弁当の中に落とした。
私は逆に笹田さんのその驚きに驚いた。
「一人暮らしかー、大丈夫なの?」
西村くんが箸をくわえたまま問いかけてきた。
「一人暮らしする前に一緒に暮らしてた人が仕送りしてくれるから大丈夫だよ。でも、バイト始めなきゃね」
「大変だな、今井さんも」
夏目くんが、少し悲しそうな顔をして言った。
どうしてそんな顔をしているのか、私にはわからない。
「そうでもないよ」
出来る限りの笑顔でそう言った。
本当に今の生活が大変なわけではない。
ただ、ただいまと言っても誰も返事をしてくれない、その寂しさだけがある。
話していると、いつの間にか時間は過ぎてお昼休みはもうすぐ終わろうとしていた。
あっという間の時間だった。
「じゃ、教室に戻りましょうか」
笹田さんがお弁当を持って立ち上がる。
続いて私たちも立つ。
オ前ヲ喰ウゾ−−−−
「っ」
背筋が凍るような感覚に襲われた。
ここ最近になってから聞こえるようになった声だ。
辺りを見回してみても何もいなかったが、しょっちゅう姿は見ている。
俗に言う妖(アヤカシ)なるものだ。
「どうしたの?二人とも」
笹田さんの声が静かに頭に響く。
二人、という単語に疑問を持った。
隣を見ると、夏目くんが顔を青くして立っていた。
「え、いや。何でもないよ」
明るくそう振る舞う。
そう?と笹田さんは言う。
夏目くんの視線が気になって仕方がない。
じっと、こちらを見つめているのだ。
「今井さん…」
「何?」
「もしかして…」
夏目くんはそれだけ言って口を閉じた。
ああ、わかってしまった。
きっと夏目くんも見えてしまっているんだ。
さっきの声も彼には聞こえていた。
そして、反応した。
「今井さん、放課後ちょっといいかな」
「うん、わかった」
なぜだかわからないけれど、彼の。
夏目くんのことがとても知りたくなった。
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