押して引いて

□助けを呼ぶことなどしない
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「あ、今井さん!おはよー」
「お、おはよう」


教室に入ると、あいさつされた。
躊躇いながらも返す。
いつか、慣れる日がくるだろうか。
この些細な幸福に。


「おはよう今井さん」


自分の席に座る手前で夏目くんがやってきた。


「昨日は何もなかった?」

「昨日?あー…うん。なかったよ」


本当はあったけれど、言わない。
夏目くんには関係のない、私の問題だ。
巻き込むわけにはいかない。


「嘘だ」

「嘘じゃないよ」

「いや嘘だ。目が泳いでるし、その手の傷」


夏目くんが視線を落とした先には私の左手。
そこには擦り傷がある。
昨日ついたものだ。


「これは、帰りにこけただけだよ」

「…本当か?」

「本当だってば」

「…そうか、悪かった。疑って」


夏目くんが頭を下げて謝ってきた。あっさり引いた夏目くんに少し拍子抜け。


「妖関係だったらどうしようかって」


まさにその通り。
でも言わない。


「心配してくれて、ありがとう」

「何かあったら、頼ってくれ」

「…うん。ありがとう」


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