風の道

□闇に落ちる3
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セイラの怪我は梯子から落ちたときに打った頭の腫れだけだった。だが、それもセイラの治癒能力でもうほぼなくなっていた。ドクターは外傷らしい外傷のないセイラを見て唇をかみしめた。

「…怪我は大したことない。…が問題はそっちじゃないだろうな。」

部屋の隅にいたマルコの質問にドクターは苦虫をかみつぶしたような表情で答えた。

「じきに目覚めるだろうが、冷静にことを受け止められるかどうか。この子はまだ若い…。」
「マルコ隊長。女にとってこれほど屈辱的でつらいことはないです。」

セイラの手当てを施したナースもまた、苦々しい表情を浮かべて、眠るセイラの頭を優しく撫でた。ドクターとナースが部屋を後にして、残ったマルコは椅子に座ってセイラを眺めた。


この船に乗っている誰もがセイラを大事に想っている。それはさっきのドクターやナースの様子からも一目瞭然だった。セイラを襲ったあの男だって、セイラを好きだった故の行動だったのだろう。結果としてその行動は大きな誤りで、マルコを始め多くの仲間を裏切る形になってしまった。もはや、あの男に居場所はないだろう。時間が経った今でもマルコの中では怒りが湧き上がってきて、思わず拳に力が入る。
これだけ近くにいながらも、セイラを傷つけさせてしまった。ずっと一緒にいながら、肝心なときに助けられない自分の無力さにマルコは苛立った。

セイラにはずっと笑っていてほしい。出来れば、自分のそばでずっと。そんな想いに駆られて、セイラの頭を撫でる。

こんこん、と戸を叩く音がして、サッチが入ってくる。

「セイラ、まだ起きねぇか。」
「あぁ。」
「…マルコ、甲板の方が手つけらねぇくらいに荒れてんだ。オヤジも黙ったままだし。」

マルコはずっとセイラに付き添っていたため、あの男と隊員たちのあの後のことは把握していなかった。だが、時折聞こえる物騒な声に、荒れているのは明白だったし、落ち着いたら甲板に行くつもりだった。しかし、白ひげが何も言わずに黙っているのには正直驚いた。白ひげこそセイラを溺愛しているし、白ひげだって怒りを覚えているはずだ。それなのに、何も言わずに黙っているのは、怒りのあまりに言葉が出ないのか、それ以外になにか理由があってのことか。

「…オヤジはセイラにあいつの処分を決断させる気なのかもしれねぇよい。」

ふと頭によぎったことを口にするとサッチが怪訝そうにした。

「おいおい、それは酷ってもんじゃねぇのか。自分にあんなことした相手、見たくもねぇし、考えたくねぇだろう。」
「……とりあえず、一回甲板に行くよい。」

マルコは後ろ髪を引かれる想いだったが、サッチが代わりに残ってくれるというので、仕方なく廊下に出ようとした。

「マ……ルコ……?」

その時、背後から弱弱しい声がして、振り返ると、セイラが目を覚ましていて、マルコは急いでセイラのそばに行った。起きようとするセイラに手を貸して、上半身を起き上がらせてやった。
セイラはしばらく寝ぼけているようでぼんやりしていたが、徐々に自分の身に起こったことを思い出したのか、身体を震わせた。震える身体を抑えようと腕で身体を抱きしめるも止まらぬ震えにマルコもサッチも心が痛んだ。


「セイラが起きたこと、オヤジ達に伝えてくるわ。」

サッチはそう言ってすぐに出て行ってしまって、マルコはセイラがおびえないようにそっとベッドの横にやってきて椅子に腰をおろした。

「あれは誰だったの…?」

ぽつりと小さな声をもらしたセイラに言うかどうか迷ったが、マルコは聞く覚悟はあるかい?と前置きをして、セイラがはっきりと頷いたのを確認して、誰がセイラを襲ったのか、そのあと何があったのか、できるだけセイラを傷つけないように言葉を選びながら話した。
セイラは襲った男の名前を聞くと、言葉を失い、次第に涙をぼろぼろと流し、マルコはその肩を抱きしめた。

「あの感触、気持ち悪かった……。好きでもない人にあんな風に触られて……。」

セイラはあの時のことを思い出して、身体をひどく震わせ、マルコは一段と強く抱きしめて、もう大丈夫だよい、と優しく声をかけた。
セイラは、マルコのシャツをぎゅっと握りしめた。

「悔しいよ、マルコ…。怖くて怖くて、動けなかった……。」

どれだけ強かろうが、2番隊隊長を務めていようが、セイラはれっきとした女で、まだ若いセイラにとってあの行為はあまりにも残酷だった。

マルコはただセイラを抱きしめることしかできなかった。

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