未来夢叶
□4:だけど、それでも
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あれから、2時間ほどが経った。
未来はふとんの中にいたけれど、眠ってはいなかった―――否、眠れないのだ。
もう何度目かという、寝返りを打つ。
あのあと、未来は動揺した気持ちをなんとか紛らわそうと、風呂に入ったり本を読んだりしてみた。
が、結局集中できず、気がまぎれることはなかった。
仕方なく、最終手段としてふとんに入り、寝てしまおうと思ったのだが、叶の言葉が耳の奥に残ったままはなれず、眠ることを許さない。
「……」
未来は、暗闇の中にぼうっと見える天井を見つめた。
かきけそうとすればするほど、叶の言葉がよみがえる。
結局、叶の言う通りだったのだろうと、未来は思った。
逃げているのは、叶じゃない、―――自分だ。
目の前にある現実から逃げているのは、自分だ。
けれど、それをどうしても認めたくない自分がいた。
もし認めればその瞬間、自分がもろく崩れてしまう気がしてならなかった。
どうしようもなく、こわかった…。
「―――――」
未来はふとんから身を起こした。
そして、いつも叶が寝ている隣に目を向ける。
いまだ、叶は戻ってきていない。
(もしかして…もしかするかもな…)
未来は思い、前髪をかきあげた。
未来にはもう1つ、叶の言葉とは別に、気にかかっていることがあった。
「……」
未来はしばらく考えて、それから何かを振り切るように顔を上げた。
そして、かたわらにおいてあったタオルケットをつかむと、立ち上がり、手探りでドアのもとへいくと、部屋を出た。
廊下はしんと静まり返り、薄暗かった。
廊下の先を見ると、まるで何かがぽっかりと口を開けているかのような、深い闇があった。
未来はその闇の向こう――――その先にある自習部屋へ向かって、歩いていった…。
自習部屋には案の定、まだこうこうと電気がついていた。
未来はタオルケットを片手にドアノブをつかみ、そして、開ける。
「……」
ドアを開けると、あいかわらず冷たい風が肌をなでた。
その部屋の中で――――
叶が机につっぷして、静かな寝息をたてていた。
「…やっぱりな…バカ叶…」
未来は思っていたとおりだったという顔で、溜息まじりにつぶやいた。
叶は子供の頃から、夜遅くまで起きていることが苦手だった。
だから、もしかしたらと思い来てみたのだが、やはり叶は寝てしまっていた。
こんな冷房のきいた部屋で寝ていたら、風邪をひかせてくださいと言っているようなものだ。
未来はタオルケットを叶の肩にかけてやると、エアコンを冷房から暖房に切り替えて、暖かいとかんじるくらいの温度に設定しなおした。
「……」
エアコンが切り替わる稼動音を聞きながら、未来は叶のつっぷしている机に視線をおとした。
何度も何度も色々なことを試して、何度も何度も失敗したのだろう、机の上は、できそこなった氷の塊やビーカー、試験管などの実験道具が散乱し、ぐちゃぐちゃだった。
でも何よりもそれが、叶の必死さと、雪を見たいと思う気持ちの強さを、物語っていた。
「――――…」
未来は、しばらくそれらをじっと見下ろしていたが、かすかな溜息をもらし、背を向けた。
そして部屋をでようと、ドアを開ける。
―――――そのとき
「……み…らい…」
「――――!」
叶が、未来を呼んだ。
驚いてふり向いたが、叶は机につっぷしたままだった。
どうやら寝言だったらしい。
未来は気が抜けたように、苦笑した。
「…なんだよ…叶」
未来は、答えるはずもない叶に、そう問いかけた。
自分を呼んだ叶の声が、胸に突き刺さる。
叶は純粋だ。
純粋に、ただ雪が見たいと願い、それを叶えようとしている。
けれど未来には、それができなかった。
出来ない理由があった。
未来は目を伏せた。
複雑な思いを胸にかかえたまま、部屋を出て、静かにドアを閉める。
そして、無意識に空を見上げた。
月の光も、星の光さえもない空は、まるで、未来の心を映し出しているかのようで―――――
未来は空から目を逸らしうつむくと、何かから逃げるように、早足で部屋へ帰っていった……。