《小説》総本・番外編
□春を伝える風
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「帰るか」
鷹真が自動ドアの前に立ちカードキーを通す。
ふわっと空気が舞う。
「本当、ここ最近で陽が延びましたね」
乱れた髪を整えながら葉月が言う。
空気も暖かな日差しを喜んでいるのだろうか。
冬とは違うほのかな花の香りを運んでくる。
「春が来る」
感じたまま口に出してしまった。
前を歩く鷹真と葉月に聞こえたみたいで、私の言葉に二人は立ちどまる。
「そうだな」
「そうですね」
陽も沈むのを惜しみ、オレンジに空を染める。
冬終わり、春迎える。三月はじめの今日。
今は三つののびる影。後一月もすれば、もう一つの影が増える。
胸でくすぶる不安も空気の舞いで、期待に変わる。
「ほらっ。行くぞ」
「まだ、冷たい風も吹きますからね」
「うん!」
二人に駆け寄る…
春を伝える風の力で私は前を向いて進んでいける。
「明日も」
…暖かな陽が続きますように…
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