真の願い

□第20話 幸福と犠牲
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「さあ、着いたわよ」

タクシーから降りて、私は姉さんの住むアパートへとやってきた。
どこにでもあるような極々普通のアパートだ。
私はここで暫く姉さんと暮らすことになっている。
どんな生活になるのか、今から少し楽しみだったりする。

「先に上がってて。扉は開いてるはずだから」

姉さんは運転手に運賃を支払っている。
待たせてしまうのが嫌らしく、そう言ったのだろうが、なぜ『扉が開いている』のだろう。

「(まさか戸締りしてないの?)」

それほど安全な住宅なのだろうか。
オートロックもあるし安全なのだとは思うが…いくらなんでも不用心すぎる。

「(後で注意しなきゃ)」

と思いながら、私は姉さんの自宅へと向かった。
扉のノブを捻り、扉を開ける。
本当に鍵はかかっていなかった。
そして私はそこでようやく鍵がかかっていなかった理由を知ることとなる。

「お待ちしておりました」

部屋の奥からやってきたのは、私とあまり歳の変わらなさそうな男の子だ。
眼鏡をかけていて知的な印象。
例えて言うなら、三条くんのような…。

「って三条くん!?」
「はい」

姉さんの家にいたのは、紛れもなくガーディアンJチェア、三条海里くんだった。

「な、なんで…姉さんの家に三条くんが…?」
「それは後ほどお話します。
それより驚きました。まさかオールマイティの姉というのが」

突然玄関の扉が開いた。
入ってきたのは勿論私の姉さん。

「ゆかり姉さんだったなんて」

私の姉さんの名は、三条ゆかり。
まだ姉さんが上京してきたばかりの頃に、私たちは出会った。
そういえば姉さんには歳の離れた弟がいると聞いていた。
それが、今目の前にいる三条くんだというのか。

「れな、こいつは弟の海里。紹介は…する必要ないわよね」

姉さんがそう教えてくれた。
間違いなく、三条君は姉さんの弟らしい。

「え…嘘…本当に…!?三条くんが…姉さんの弟…!?」
「はい。そうです」

混乱が収まらない。
三条くんはそんな私を無視して話を続けた。

「それから、『三条くん』と呼ぶのはやめてください。ここには『三条』が二人おります故」
「あ、わ、わかった。か…海里くん?」
「『くん』なんてつけなくていいわよ!呼び捨てで」
「え?あ、じゃあ…海里…」
「はい」

呼び方を強制され、『三条くん』から一気に『海里』にまで変わった。
一気に親密になったような気がした。

「はい。海里の紹介はこれで終わり!
とにかくあがって。れなに会わせたい人がいるの」
「私に会わせたい人?」
「ええ。こっちよ」

私はリビングまで案内され、そこにいる人物に驚いた。

「れな!」
「ぅわっ!!」

その人物に私はいきなり抱き締められた。
懐かしい香りがした。

「久しぶり、れな」

ぎゅっと抱き締められて動けない。
少し息苦しい。
やっと離して貰うと、私は返事をした。

「久しぶり、お姉ちゃん」

そこにいたのはお姉ちゃんだった。
大好きなお姉ちゃん。
前に会ったときは『皆』がいたからまともに話すことが出来なかった。
そのためこうして会えたのがとても嬉しかった。
そんなお姉ちゃんの名前は…

「一応紹介しておくわね。
あなたのお姉ちゃん…まあ正確に言えば姉じゃないけど。それから私がマネージャーを勤める、今一番人気のアイドル。

ほしな歌唄よ」

そう、お姉ちゃんの名は、ほしな歌唄。
今姉さんが紹介した通りの人物だ。

前に会ったときに『皆がいたから』話せなかったというのは、私と歌唄お姉ちゃんの関係は秘密事項だからだ。
歌唄ちゃんと仲良しとわかると、歌唄ちゃんのファンが私の元へ押し寄せて、サインをねだったり会わせてほしい、などと言う人が出てくるだろう。
ゆかり姉さんがそう予測したため、この関係は秘密なのだ。
また、ゆかり姉さんとの関係が秘密なのも似たような理由だ。
歌唄ちゃんのマネージャーの妹とわかったら、同じようなことになってしまうだろうから。

「私があなたに歌唄を会わせたのは、会わせてあげたかったから、というのともう一つ理由があるの」
「もう一つ?」
「ええ。あなたにしてもらうお仕事の話よ」

私たちはリビングのソファに腰掛けた。
私の真正面にはゆかり姉さん、私の横には歌唄お姉ちゃんが座った。
テーブルの上には紅茶が置かれている。
海里が煎れたものだ。
ちなみに海里は下座に位置する席に座っている。
ゆかり姉さんは紅茶を一口飲むと、私に向き合った。

「あなたにしてもらいたいお仕事は…」

ごくっと唾を飲み込んだ。
どんなお仕事なのだろう。ハードなのだろうか。
でもどんな仕事でもこなしてみせよう。
ゆかり姉さんの力になりたいから。

「歌唄と一緒に歌って欲しいの」
「え?…っと!」

思いがけない仕事の内容で私は手にした紅茶をこぼしそうになった。

「これから歌唄はロックバンドを組むことになっているの。勿論担当はボーカル。歌唄と一緒にボーカルの仕事をしてほしいのよ」
「私が…歌唄ちゃんとボーカルを…?」
「ええ。そうよ」

今を時めくアイドル、歌唄ちゃんと歌う。
ファンならこれ以上の幸せはないだろう。
だが。

「そんな…私歌なんて…」
「上手いって聞いてるわよ?それに歌唄もいい歌声だって言ってるし…」
「で、でも…」
「それにあなたのしゅごキャラで歌歌う子、いるんでしょ?」
「いるけど…って、え…?」
「その子でしょ?」

ゆかり姉さんはナミネを指さして言った。
私はゆかり姉さんの言葉と行動に驚いた。
まるで私のしゅごキャラを知っているかのような口振り。
それどころか、見えてまでいる様子。
それ以前に、しゅごキャラの存在を知っているようだ。

「いざそこにいるってわかると見えるようになったの」
「え?え?見えるようになった、って…?」
「初めて見えるようになったのは歌唄のしゅごキャラよ」
「歌唄お姉ちゃんの、しゅごキャラ…?」
「あたいのことだよ!」

突然目の前に一人のしゅごキャラが姿を現した。
黒い羽根に衣装、尻尾まである。
見た目はまるで、悪魔のようだ。

「あたいはイル!歌唄のしゅごキャラ!よろしくな!」
「よ、よろしく…」

イルは満足そうな顔をして、ルナたちのところへ移動した。
自己紹介し合っているらしい。

「れなのしゅごキャラのことならだいたい知ってるわ。その辺は全て海里から聞いてる」
「海里から?」
「はい。ガーディアンですから、だいたいのことは把握できます」
「は、はあ…なるほど…」

海里の仕事振りを思い出して納得した。
テキパキと完璧にこなす。
海里のすごいところだ。

「しゅごキャラに歌の力があるってことは、れなにもその力があるってことよ。だから大丈夫。姉さんを信じなさい」

姉さんに力強い言葉。
そうだ。私はどんな仕事でも引き受けると決めていたのではなかったか。
仕事の内容を聞いていきなり躊躇するなど、決意が弱い証拠じゃないか。
決心したんだ。やりとげると。

「うん。やるよ、私」
「本当?助かるわ!」
「歌唄お姉ちゃん、これからよろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。ビシバシしごくから覚悟してなさい」
「はい!」

それから私は詳しい仕事の内容を聞いた。
そこで知ったのは、歌唄お姉ちゃんと私がボーカルをすることは隠すということだ。
歌唄お姉ちゃんの力を試したいから、という歌唄お姉ちゃんの力試しと、
歌唄お姉ちゃんがボーカルをし、私も一緒にやるとなると、私のデビューが歌唄ちゃんの七光りだと思われてしまうから、という私への配慮の元だ。

早速明日から仕事が始まるという。
まずはボイストレーニングなど歌を歌うのに必要な土台作りからだ。

頑張ろう。
ゆかり姉さんと歌唄お姉ちゃんのためにも。

私はそう決意しているのに夢中で、海里がこちらをじっと見ていることに全く気がつかなかった。

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