俺達の住んでいる村はルーンという小さいが平和な村で、そこを治めていたのが領主カルネ様だった。カルネ領は俺達の住む国ファルス国の中でも小さな領土だったが、皆穏やかで呑気な村だった。
そんな村で彼と出会ったのは、まだ母のお腹に弟がいた頃だから十年ほど前のことになる。母はカルネのお屋敷で女給を務めていた。領主カルネ様の奥方様は非常に病気がちな方で、隣国ランティス国から嫁いで来たこともあり心細いことも多かったのだろう、やはり隣国から嫁いできていたうちの母をいたくお気に召していた。
臨月も近く腹が大きくなって身動きの取りにくい母の手伝いでその頃、俺はよくカルネ家に母と訪れてはこまごまとした仕事を与えられ庭を駆け回っていた。
「エディ、迷子になるんじゃないわよっ」
「分かってるって、母さんこそ転ばないでよ」
 言って俺は裏庭のほうに向かった、薪を取りに行かなければならなかったのだ。しかし、いつも薪が置いてある場所に薪はなくその辺をうろうろと探し回っていると、茂みの向こうになにやら気配を感じて覗き込んだ。
「誰?」
 そこにいたのは妹と同じくらいの年恰好の少年だった。少年はうずくまって泣いていた。
「人に名を尋ねる時は自分から名乗るもんだろ」
その泣きはらした目はこぼれんばかりに大きく、俺はどぎまぎしながらぶっきらぼうに答えた。
「僕?…僕はアジェ、君は誰?」
 ゲッ、領主様の息子だ…と内心焦る。
「お…おっ俺はエディット、エディット=ラング、エディでいいぞ」
 って、ああ…タメ口でいいのか俺 駄目だろ自分 うあぁぁと内心で動揺しつつ、でもこいつしかいないし、別にいいかと気を取り直す。
「エディ…綺麗な色」
「は?」
「触ってもいい?」
「え?あ?何?」
 アジェはおもむろに覗き込んだ俺の前髪に触れた。
「すごい、キラキラだね、母さまと一緒の色だ」
俺は居心地悪く座り込んだ。本当は自分のこの髪の色は大嫌いだった。エディの髪はこの地方では珍しい白味がかったみごとな金髪なのだ、赤茶や茶色の髪が主流なこの土地ではあまりにもそれは目立ちすぎて俺はいつもその金髪をフードの中に隠していた。しかし、そのこぼれた前髪を見てアジェは綺麗だという、言われ慣れないその言葉に戸惑った。
「いいな、綺麗な色。僕の髪なんか赤茶っぽくて全然母さまに似てないし」
「俺はこんな髪大嫌いだけどな」
「え?なんで?こんなに綺麗なのに」
 アジェは心底不思議そうに俺を見た。
「男が綺麗でもしょうがないだろ、しかもこの辺じゃそんなにない色だから変にからかわれるし、いい事なんか全然ないぞ」
一目でよそ者だと分かるその髪はかっこうのいじめの対象でもあった、まぁ、その辺のくそガキに負けるほど弱い子供でもなかったのでそれに関しては気にはしていなかったが、父親もやはりこの地方には珍しい見事な黒髪をしていて、やはり小さな町である、多少の差別は受けていた。なのでこれ以上いらない火種は作らないに越したことはないと子供ながらに考えていたのだ。
「そうかなぁ?でも、僕もこんな髪の色だったら…」
 そこまで言って、アジェはまたぼろぼろと涙を零しはじめた。
「なっ、なんだよっ、なんかあんのかよっ」
「ぼっ、僕は父さまと母さまの子じゃないって、伯父様が…誰かと話してて、僕っ」
「あぁ?」
「僕聞いたんだ、みんなに。でも誰も答えてくれなくて、本当に、僕全然父さまにも母さまにも似てなくて、だから…」
「自分はヨソの子だって?ハハ、ありえないだろ、ソレ」
 妹もよくそんな嘘に騙されて大泣きしている。それについてはその原因を作るのはエディなので似たようなものかと判断する。しかし、伯父さんといえばいい大人だ、そんな大人気ないウソ…と思いつつ、そんな大人気ない嘘を平気でよく吐く父親のことを思い出し
「からかわれてるんだよ、間違いない。そんな風にビービー泣いてると相手の思うツボだぞ?」
 大人は子供をからかうのが大好きだ。そうして子供は嘘と真実を嗅ぎ分けて成長していくんだ、うんうん。
「本当?僕ヨソの子じゃない?」
「大丈夫だって、嘘だと思うなら母さんに聞いてみろよ、母親は子供に嘘はつかないから」
 経験上の言葉である。父親の言葉の中にも三割の信実がある事を彼はまだ知らない。
「でも母さまは御病気だから、僕あんまり会わせてもらえないんだ…」
 そういえばそんな話も聞いた気がする。母はよく奥方様の話し相手になっているようだが、自分は屋敷の中にはほとんど入ったことはなかった。どんな風になっているのかと聞いたら、母は、奥方様は奥のお部屋からはお出にならないからそれ以外の場所はあまり知らないと言っていた。
「忍び込めないかな?」
「え?」
「子供が親に会いに行くのに許可なんていらないだろ?」
「えっ、そうなの…かな?でも僕が行くと母さまの病気が悪くなるって…」
 またアジェは目に涙を溜める。そういえば奥方様の御病気ってなんだろう?聞いたことないな。
「確かに病人の周りで騒いだりしたら良くないんだぞ。でも見舞いくらいならいいだろ。静かにできるな?」
「うん、僕母さまに会いたい」
「よし、決定!じゃあ…道案内できるか?」
 はっきり言ってエディは屋敷の中をまったく知らない。
「分かるよ、こっち」
 アジェは駆け出す。庭を抜けて、壁の隙間を抜けて…って道じゃないだろコレ!
「おいおいおい、お前はいつもこんな所通って生活してるのか?あっちに立派な廊下もあるだろ〜がっ」
 だが、自分が見つかるとマズイので好都合といえば好都合。
「…見つかったら、部屋に戻されちゃうもん」
「抜け出してきてるのか?」
「僕あの部屋嫌い!いっっつも誰か見張ってて、毎日毎日勉強勉強って」
「…貴族の子供ってのも大変だな」
 貴族の子供は仕事もしないで日々綺麗に着飾って遊び暮らしてるもんなんだと思っていた。よもや家の中でまで逃げ隠れしながら生活しないといけないとは…(それもまた偏った誤解ではあるが)
「ここだよ、この奥に母さまのお部屋があるんだ」
 そこは屋敷で一番奥まった場所に位置していた。そして、そこは一面壁に阻まれていたのだ。
「あそこにいつも見張りの人がいて、ここだけは絶対入り込めないんだ」
 それでもアジェは何度かここに入ることを試みてはいたらしい。
「出入り口はあそこだけだし」
 確かに入り口には強面のオジサンが二人、廊下を見据えて立っている。
「これは…難しいな」
 試しに裏手にも周ってみるが、猫の仔一匹通れるほどの穴もない。
「やっぱり無理かなぁ…」
 あからさまに落胆するアジェを尻目に考え込む、う〜ん…下が駄目なら
「…上だな」
「上?」
「屋根から行こう」
「うえぇっ?どうやって??」
「そこにちょうどいいサイズの木も生えてるし、イケルイケル」
 それでも屋根は高い、木も高い、ついでに幹から屋根の距離も決して近くもない。
「無理だよっ、落ちちゃうよっ、怪我するよっっ!」
「大丈夫だって」
戸惑うアジェににんまり笑って俺は木に足をかけると一気に登ってしまう。
「ほら来いよ、それともそこで待ってるか?俺が母さまの所に行って聞いてきてやってもいいんだぞ?」
 それではここまで来た意味がないのだが、あえて意地悪く聞いてみる。案の定おろおろしていたアジェも意を決したように幹に足をかけた。
 なんとか俺のいる場所まで登ってきたアジェだったがその顔は真っ青だ。
「よしよし、次はあそこに飛ぶぞ。よっ、と」
 身も軽く木の上から屋根のちょっとした足場に飛び移る、着地に成功して振り向くと、アジェは完全に顔色を失っていた。
「無理だよっ、落ちちゃうよっ」
半泣きのアジェに向かって手を差し出す
「大丈夫だって、俺が摑まえてやるから飛んでみろ」
簡単に言うな、という顔をしてアジェは俺と下と木の幹を順繰り見渡した。どちらにしても足がすくんでもう降りる事もできなかったと思う、意を決したように彼は飛んだ。
…だが届かない、落ちるっ!と思った瞬間、俺はアジェの腕を掴んで引き上げた。後に彼はエディの手が唯一の救いの道でそれ以外もう他にどうしていいか考えつかなかったんだよ、と語ってくれた。
「ん〜思った以上に飛べないもんだなぁ」
 言葉も出ないアジェにとりあえず笑っておく。よほど怖かったのか、真っ青になって手は俺の腕をきつく掴んだまま震えていた。
「大丈夫、大丈夫、怖くないぞ〜」
 弟妹にしてやるように頭をポンポンと叩くように撫でて、落ち着かせてやると
「エディって、何者?」

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