アジェとグノーが村を出てから数日。特に危険な目に遭うこともなく二人は旅を続けていた。
「エディの奴、遅いなぁ〜、いい加減追いついて来ても良さそうなもんなのに…それとも、勢い余って追い越されちまったかなぁ?」
「エディは来ないよ、何度も言ってるだろ」
「はいはい、置き手紙だろ?」
 そんなのエディがとっくに破って捨てているだろう…と思うがあえて口にはせずつまらん!と道端の石を蹴る。
「領主様の方の手紙にも絶対追わせるなって念押ししといたし、エディは来ないよ。エディは真面目だから、きっとカルネ領のいい領主様になってくれる」
「そんなもんかねぇ〜」
 そんなたまには見えないがね〜数日見ていただけでも分かるというのに、このお子様は、まったく、全然エディの気持ちには気付いていないらしい。
 奴も気の毒な男だな…と同じ男として同情を禁じえない。
「ところで、グノーはどこまで僕に付いて来る気?」
「そうだなぁ〜飽きるまで、かな?」
 へらっと笑って答える。エディがなかなか追って来ないので少々退屈な旅ではあるが、たまには道連れの旅もいいもんだと思っていた。なんと言っても話す相手がいるのがいい。今まで常に一人で旅をしてきたので「道連れ」というのは新鮮だった。
「アジェはどこに行くのか決まったのか?」
 領主様の子でもない自分にいいかげん様付けはやめてくれと言われ、いまやすっかり舎弟扱いだ。
「とりあえず首都メルクードかな」
「王に会いに?」
「別に会いたい訳じゃないよ。ただ一応本当の両親を見てみたいって思うくらいいいだろ?」
「別に会えばいいじゃないか、実の親だろ〜?」
 言葉に、アジェは憮然と
「何の証拠もないんだよ?突然訪ねていって王の子ですなんて言っても信じてくれる訳ないじゃん」
「まぁ確かにな。そんなのいちいち認知してたら世の中は王子だらけだ」
「だろ?遠くから見てみるだけで充分。それでちょっとでも似てたら、あぁ、本当の両親なんだって思う事にする」
「それで満足なのか?」
「別に何かして欲しいとか思った事ないもん、自分の素性が分かっただけすごいと思うよ。確証はないけど」
「それで、満足したら帰るのか?」
 顔を覗き込むように問うと、アジェはふいっとそっぽを向き、少し考えてから黙って小さく首を振った。
「僕もグノーみたいにあちこち旅して周ろうかなぁ。楽しいよね、旅。見た事ない物や風習とか、ビックリする事ばっかり!」
 少し先に進み、くるりと振り向いてアジェは笑う。
「それでいいのか?」
「……だって、帰る家なんかないもん」
 言ってまた彼はふいっと前を向く。
「カルネの領主様の所に帰ればいいじゃねぇ〜か、絶対待ってるぞ」
「だって、あそこは僕の家じゃない」
 立ち止まりうつむく彼が一瞬泣いているのかとも思ったが、アジェはきっと前を向き再び歩き出す。
「僕に家なんか無いんだもん」
「あのなぁ、アジェ。家ってのは血の繋がりのある家族の事を言うんじゃ無いんだぞ?待ってる人がいて、迎えてくれる場所が家っていうんだ。いくら血が繋がっていたって喧嘩ばっかりで口もきかないような人間の集まりは家族とは言わないし、そんなのは家じゃない」
 言うとまたくるりと振り向きアジェはにっと笑う。
「それって、グノーの家族の事?」
「俺の事はいいのっ」
「そんなのズルイ」
「お前には帰れる家があるだろって事だ」
「グノーには無いの?」
「俺は今探してる所なのっ、その為の旅だから、いいんだよ」
「初耳、へぇ、そうなんだ。それで見付かりそう?」
 すっかり自分の事より俺の事に興味を移してしまった彼は、興味津々という風に顔を覗き込んでくる。しまったなと思うが遅かった。
「俺の事はいいって言ってるだろ〜がっ」
「なんで、聞かせてよ。グノーばっかりこっちの事なんでも知っててずるいよ」
「知らんでいいっ!」
 言って逃げ出すが、ずるいよ!とアジェは追ってくる。家族の事は自分の中で禁句なのだ、絶対に。
だが、どうやらこの話題はアジェの気を紛らわせたのか、彼が笑うので、まぁいいかと彼が追いつける程度にひょこひょこ走りながらグノーは笑った。


アジェとグノーがそうやって呑気に旅をしている頃、俺は仏頂面でイリヤからの使者、クロードと馬上の人になっていた。
アジェはおそらくランティス王国に向かっているだろうと予想はついていた。だが、自分の向かっているのはまったく逆方向のファルス王国首都イリヤ、道連れの相手は無口、無表情、無愛想のクロードである、仏頂面にもなろうというものだ。
首都イリヤに行かなければいけなくなった事を領主様に伝えると、彼はただ黙って頷いた。立て続けに動く事態に、もうなりゆきに任せるしかないと腹をくくっていたのかもしれない。
彼は旅立ちの際、これはカルネ家に伝わる剣だが、もし必要があるようならこれを見せてカルネの名前を使ってくれ、と家紋の入った立派な剣を俺にくれた。田舎貴族の名ではたいして役にも立たないだろうが、と領主様は自嘲気味に笑ったが、俺はそれをありがたく受け取った。
そして、もしイリヤから直接ランティスに向かうのなら、ランティスの首都メルクードには奥方様の兄君が住んでいるので訪ねるといい、と所在を記す地図と、俺の身の証明をする旨が書かれた手紙も封に入れて手渡してくれた。
何から何まで気を使ってくれて、育ての親であるブラックとは大違いである。
領主様の屋敷に仕える面々とも今やすっかり顔馴染だが、その表情はみな不安げだった。事情を知る者も、知らぬ者も、一体ここで何が起こっているのか、この先何が起こるのか分からなかったから。ただ皆一様にアジェ様を見付けて来て下さいね、一緒に帰って来て下さいね、と頭を下げるのだ。
本当は行けるものなら、すぐにでもアジェを追いかけたかった。だがその前に行かなければいけない場所がある事を俺は皆に告げる事はできなかった。
「必ずアジェ様と一緒に帰ってきます」
 それだけ言うのが精一杯の自分が悔しかった。
 奥方様の元にも一応旅立ちを告げる為に訪れたが、彼女は行ってくれるなと泣くばかりで、正直どうしていいか分からなかった。領主様の取り成しでどうにかその場を後にする事は出来たが、彼女の不安も分かるのでとても胸が痛んだ、だがどうする事が出来る訳でもない。
唯一母国ランティスの話が出来た母レネも別れも告げずにどこかへ行ってしまった、彼女は不安だったのだ。しかし、俺はできれば彼女にはアジェの為に泣いて欲しいと思っていた。アジェがいなくなった事にすら気付かず、彼女は俺の為に泣くのだ。どうしようもなく切なかった。

俺はカルネ領から出るのは初めてだ。父ブラックはよく、ふらりと旅に出ていたのでよその土地の話は色々と聞いていたがやはり聞くと見るとでは大違いである。首都に近付くにつれ、人や建物は増え、町の賑わいは今日は祭りでもやっているのか?といった感じで戸惑う事もしばしばだ。
俺は自分の目立つ金色の髪が大嫌いだったが、大きな街へ行けば行くほど、絶対的な数は少ないものの同じ金色の髪を持つ人間が増え、その髪に驚く人間が減り、道行く人に振り返られる事もなくなっていくことに驚いていた。
「この辺は貿易も盛んなので、隣国から嫁いで来られる方、隣国から移住されてくる方も多いですからね、金色の髪もさほど珍しくはないでしょう」
 驚いた、と問うでもなく呟いたら、クロードは律儀にもそのように答えてくれた。だがその表情はあくまでも無表情だ。
 街の出店や、商人達の活気ある姿にしばしば目を奪われていると彼はそのたびに懇切丁寧に「何か御入用ですか?」と尋ねてくるので俺はそのたびに「いりません」と首を振るのだ。
 子供扱いされているのか、田舎者だと思われているのか、はたまた本心から何か欲しいのか?と聞いてくれているのか判断が付きかねて、俺はそう聞かれるたびに眉を寄せた。
 お互いそんなに話すタイプでもないので、旅は必然的に沈黙が支配していた。さすがの俺もそんな旅が5日も続けばその沈黙に耐えられなくなってくる。考える事はいくらでもあったが、一人で考えれば考えるほど思考は考えたくない方向に向かってしまうのだ。
そして6日目、俺はついにキレた。
「ああぁぁっ!もうっ!クロードさん、あんた人生って楽しい!?」
「人生……ですか?別に楽しいと思った事はありませんが、苦しいと思った事もありませんね」
 突然の質問に別段驚くでもなく、彼は淡々と答える。
「俺はこのしばらく人生って奴に振り回されっぱなしで、本当に嫌になってるんだよっ、分かるか?」
「そうですか」
 俺はアジェと出会ってからこれまで、人には親切丁寧な対応を心がけてきた。それはアジェといる為には必須項目だったし、アジェを思えば苦になる事でもなかった。しかし、最初が良くなかったのか、はたまた旅のストレスからなのか、そんな事は完全に頭から消えていた。失礼だとか、乱暴だとか、もうそんな事はどうでも良かった。
「そうですか、じゃないっ!あんたこの事態について何か知ってるんだろ!俺がなんで国王様に会いに行かなければならんのかとか、理由知ってんだろ!よしんば、知らないにしても不思議には思わないのかっ!」
「事情はある程度説明を受けております。しかし具体的な所は存じ上げません。仮に知っていたとしても重要機密をお話する事はありませんし、極秘事項をあえて詮索するつもりもございません」
 理路整然とはまさにこの事か、といったお答えだ。
「分かった、じゃあもうこの事はいい。だがな、人間には会話ってものが必要だ。今から俺がひとつ話したら、あんたにも何かひとつ話してもらうからな!」
「話し、ですか?」
 初めてクロードの表情に表情らしきものが見て取れた。それも一瞬の事でしかなかったが。

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