「家族の事でもなんでもいい、なんか話せ!」
「家族…父と母、姉二人、兄一人」
「末っ子か、でもそんな感じかもな、それで?」
「家族は以上ですが」
 不思議に思っているのか、なんだかよく分からないが、やはり無表情に彼は言う。俺は呆れた。
「以上って…ペットとか彼女とか、なんかない訳?」
「あぁ、そういえば母がなんだか小さな犬?を飼っていたような」
「ふぅん、で、彼女は?」
「おりません」
「好きな女とかもいないのか?」
「おりません」
「ふぅん、まぁいいや。じゃあ次は俺の番な。育ての父はブラック=ラング、母はレネ。弟、妹が二人ずつ、上からルネ、ジャン、ジャック、ユマだ。親父は奇天烈なトンチキ親父で、母はそれを尻に敷いてる。ルネはしっかり者で、ジャンは無鉄砲、ジャックは甘ったれで、ユマはお転婆だ。知ってると思うが、生みの親はカルネ領、領主ジョゼフ様、そして奥方様のサラ様だそうだ。今の所実感もなければ、感慨も無いけどなっ。何か質問は?」
「特にありません」
 ツッコミどころは満載だろうに、何もないのか、この男は…まったく会話にならんと心でため息をつく。しかし自分から言い出した事だ、今更まただんまりに戻ってしまうのも癪だった。
俺は無駄とも思える努力を続ける事に決め、なんやかやと彼に話しかけた。住んでいる場所の話、子供の頃の思い出、友人の話、などなど、聞いてみればクロードは無表情になんでも答えた。よくよく聞いてみれば、彼は裕福な貴族の出で、兄や姉とは歳が離れているせいで人形のようによく可愛がられたと彼は言う。
幼い頃姉に「お人形さんは黙っていなさい」と言われその姉の言葉を忠実に守っていたらいつの間にかこうなっていたと彼は言ったが、だからといって本当の人形のようになってしまう事も無いだろうに、と俺は思った。
「そういえば、ひとつだけ」
何度目かに質問を促すと、珍しく彼から言葉が返ってくる。
「なんだ?」
「ラング様はなんで、買い物を勧めると怒られるのですか?」
「別に怒ってないけど」
「そうですか?」
「…もしかして、あんた、あれは本当に素直に欲しい物があるのか訊いていたのか?」
「……?そうですが?なにか御入用の物があれば準備するようにと仰せつかっておりますし、代金もお預かりしております」
「…あんた、本当に人生損してるな」
 笑っていいのか、呆れていいのか。たぶん本人の中ではなんで損なんだろう?と首を傾げているのだろうが、それは全く表情には出てこない。ある意味ここまで素直な人間は初めてだった。よくこの歳までこんな天然のまま生活してこられたものだと半分呆れ、たぶん無表情すぎて誰も感情が読み取れない上に顔立ちが綺麗すぎて近寄れなかったんだろうな、と半ば納得する。
「あんたは、とりあえず笑ってみるといいと思うぞ」
「そうですか」
「あ〜、あと、俺のことはエディでいいから」
「承知致しました」
 全く持って会話に変化はみられないが、俺はほんの少しだけ心が軽くなっていた。

 その後の旅は、何かしていないと落ち込む気持ちを少しでも上向きにしようという感情が働いたのか、俺はクロード改造計画に没頭した。さすがに二十三年間も無表情、無感動で生きてきた人間を変えるといってもそう簡単にできる事ではなかったが、そのくらいの難題のほうがむしろ気が紛れて好都合だったのだ。
 実際の所、クロードは感情が表情に出てこないだけで決して無感覚な人間ではない。考える事は考えているし、勉学、政治などに通じ、そっちの方面ではかなり有能だと断言できる。
だが、しかし、こと対人に関しては本人談によると、誰も自分には寄ってこないし、自分自身人との付き合いが苦手で、その事に不満も無いと言い、友人がいないという事情もあってか、まるでなにも考えていなかった。なにか対人関係でトラブルがあったとしてもすぐに忘れてしまう、もしくは気付いていないようなのだ。彼には他人の気持ちを汲むという感情は完全に抜け落ちていた。
「寂しいとか思わないんですか?」
「特には…」
「じゃあ、逆に人がたくさんいると煩わしい、とか?」
「別にそれもありません。そもそもそんな経験もないので分かりません」
 全く無いというのも不自然な話だ。全てが万事一人で生活出来る訳でもなし、そんな事があるのだろうか?
「普段一人でいる時は、何してるんです?」
「剣の稽古か、読書ですね」
「それでも、家族とくらいは話すんだろ?」
「姉二人はすでに嫁いでおりますし、兄とはよく話しましたが私が王にお仕えする為に家を出てからはあまり…」
「ご両親は?」
「我が家の古くからのしきたりで親と子は別々の邸宅で暮らしておりますので、年に数回ほどでしょうか」
「お兄さんと話すってのは、主になんの話とか…」
「主に政治経済の話ですね」
 家族の会話じゃないだろ、それは…
がくりと肩を落として、なかなかの強敵にため息をつく。
「それでも、友達になろうって言ってきた奴とか、一人くらいいるんじゃないんですか?」
「昔はいましたね」
「どんな人?」
「覚える前に皆いなくなってしまうので分かりません」
「なんで?」
「私がつまらない人間だからじゃないですか?」
「個人的にはクロードさん充分面白いと思いますけど」
 容姿にしても性格にしても、そんじょそこらでお目にかかれる人間ではない。
「…そんな事を言われたのは初めてです」
「皆さん見る目がないんですよ、きっと」
 中身と外見のギャップに引いた、というせんも捨て切れないけれど。
「そうなんですか?」
 訊かれても分からないけど、たぶんそうだと思いますよと笑ってやると、彼は納得したのかしないのか、考えるように頷き、でもやはり首を捻り、また頷き、少し困惑の様子を見せた。
「すごい分かりにくいんですけど、もしかして照れてます?」
「違います」
 無表情に言葉で否定するが、その陶磁器のように白い頬には先ほどより赤味が差している気がしてならない。
「顔、赤いですよ?」
「……気のせいですよ」
「そうですか?」
 言って、顔を覗き込むようにすると
「意地が悪いですね」
と、そっぽを向かれ、どうやら当たったらしいと確信する。本当に分かり易い性格なのに、とても分かりにくい事この上ない。その照れ隠しについ頬が弛む。肩を小刻みに震わせ忍び笑う俺に彼は更にそっぽを向く。
「本当に意地が悪いですねっ」
「いいじゃないですか、もっと笑えばいいし、もっと怒ればいい、せっかく綺麗な顔してるのに勿体無いですよ」
 言うと今度は俯いて
「…私は、感情の出し方が分からないんです」
 と小さく答えた。その顔にはやはり表情は見られない。
「幼い頃から、黙って立っていれば人形のようだと言われ続け、人形のようにしていればみんなに可愛がって貰えるのだと思っていました。今となっては、それが間違っていたと分かってはおりますが、いまさら…」
「大丈夫ですよ」
 にっと笑って断言してやる。少なくともそれに自分で気付いているのなら充分だ。
「とりあえず、笑うところから始めてみましょう!」
「笑う…」
 たぶん一番苦手な事なのだろう、彼は黙ってしまう。
「ほら、口角上げて、にっと笑う」
 口に指を持ってきて笑わせるように大袈裟に見本を見せると、彼は戸惑いながらも真似をする。
「ニッ…とですか?」
 その顔を見て俺は思わず吹き出した。口だけで笑顔を作っても目が笑っていないのでその顔はまるで福笑いの様で可笑しかったのだ。
「クロードさん、怖いっ、ていうか、可笑しいっていうか…いや、ホントごめんなさい、くくっ、笑いが止まらない…」
「……っっ!もうやりませんっ!」
「ごめん、ごめん、もう笑いません」
 涙を拭き拭きそう言うと、クロードはまた俯いてしまう。
「無理ですよ、もういいですから」
「なんで?今、怒った顔、ちゃんと表情出てましたよ?」
 えっ?と彼は自分の顔に触れる。
「クロードさんは、目が笑ってないから怖いんですよ。やっぱり笑う時は顔全体で笑わないと…」
 言いながら馬を走らせる俺を彼はまた無表情に見つめていた。その心にはどんな感情が宿っていたのだろうか、その感情はやはりとても読みにくい。
「クロードさん、聞いてます?っていうか、まだ怒っているならそれらしくしてくれないと分かりませんよ」
「…聞いてます」
 その時、前を向いて先に立って歩いていた俺は全く気付いてはいなかったが、彼は嬉しくて仕方がなかったのだと言う。その顔にはその感情が溢れ出すように彼は微笑んでいた。俺は当然それに気付く事はできなかったし、彼もまた気付いてはいなかった。だが、それが誰も見た事のない彼の初めての笑顔だったのだ。

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