「参ったな…」
 とりあえず自分のいる位置を確認するため、もう一度搭に登ろうかと思案していると
「今、お前何処から降ってきた?」
 と、見知らぬ男が声をかけてきた。まぁ知り合いがいる訳もない。
「どこって、そこの教会の搭ですけど…?」
 男は搭と俺を見比べた。
「嘘ついてるんじゃないよな?」
「嘘ついても得する事なんかないですから」
「そうだよなぁ」
 男は唸る、なんだかよく分からない。変な人に声をかけられたなと思いつつその場を後にしようとすると、俺は男に引き止められた。
「なぁ!お前、城の兵士になる気はないか?」
「無いです」
 突然の問いにきっぱり返すと
「即答かよ」
 と男は大袈裟に肩を落とした。しかしすぐに立ち直ってにっと笑うと
「まぁ、突然言われても考えられんわなぁ。俺はファルス軍、騎士兵団第三隊、隊長アイン=シグだ。もし入隊希望があればいつでも優遇するので、是非、来てくれたまえ」
「はぁ」
 こんな所でよもや兵士の勧誘に合うとは思わなかった。
「ところで、君の名は?」
「エディット=ラングと申します」
「ラング?ラング、ラング…?どっかで聞いた事があるような」
 首を傾げるアイン。もしかして親父を知っているのか?
「もしかして、ブラック=ラングをご存知ですか?」
「ブラック=ラング…お前、あのブラック様のっ!」
「息子です」
 正しくは養い子だがな、と心で付け加える。それにしても、様?親父に様?ありえないと激しく訝しがる。
「はぁ、納得した。確かにブラック様のご子息ならあのくらいの事をしても不思議ではない」
「…父はそんなに有名ですか?」
「有名なんてもんじゃない。騎士団の中じゃ、ちょっとした伝説の人だぞ」
 どんな伝説だよ、と眉を寄せる。きっとろくな話ではないに決まっている。
「俺も実際にはお会いした事がないからなんとも言えないんだが、伝説だけならいくつも聞いてる。十数年前からぱったり消息を絶ったと聞いてはいるが、お元気でおられるのか?」
「多分」
 殺しても死なない事だけは確実だろう。それにしても親父の事を知ってはいても、現在の消息までは知らないようだ。一体何処にいったのやら。
「あの〜ところで、道に迷ってしまったみたいなんですけど、アインさんはクロード=マイラーさんのお宅をご存知ですか?」
「何っ!お前っ、いや、君は今マイラー様のお宅にいるのか?」
「ええ、抜け出してきたら帰り道が分からなくなってしまって…」
「そうかそうか、うむ、分かった、案内しよう」
 アインはなんだかよく分からないが上機嫌だった。てくてく並んで歩いていくと、さほど遠くまで来ていた訳ではなかったらしく、途方に暮れていたのが馬鹿らしくなるほど簡単に屋敷にたどり着いてしまった。
 俺はおそるおそる屋敷の扉を開ける。本当は窓から抜け出してしまった手前、また窓からこっそり戻るつもりでいたのだが、アインがどうしてもマイラー様にご挨拶を!と聞かなかったので、仕方なく正面からの帰宅である。
 扉を開けるとロビーにはエドワードとクロードが二人とも揃っていて、なにやら難しい顔をして話しているのに、嫌な予感がした。扉が開いたことに気付いて、顔を上げたクロードとばっちり目が合い逃げ出そうとするが、背後のアインに阻止されてそれは適わない。
「エディ様!」
「うわっ、ごめんなさいっ!」
 とっさに謝り身構える。
「無事で、良かった…」
 一瞬、泣きそうな情けない顔で駆け寄ってきたクロードに腕を掴まれ、心配させてしまったらしいと悟る。それにしても美形は情けない顔をしても綺麗だなぁと見当違いな事を考えつつ、安心させるように笑った。
「ごめんなさい、、少し探検に出るつもりが道に迷って…」
「エドワードは、あなたは部屋から出ていないと言いましたよ」
「えっと、窓からちょっとね…」
 視線をそらし気味にへらっと笑うと無表情に迫られる。
「私はてっきり、窓から何者かが侵入して貴方を連れ去ったのかと思いましたよ」
「考えすぎ、考えすぎ」
「エディ様!」
 無表情なのに怒りの炎が見えた気がした。
怖いです、クロードさんっ。
「もうしません、ごめんなさいっ」
 上目遣いにクロードを見ると、彼はひとつため息を落とした。呆れられたかな?いや、それでも子供ではないのだかそこまで怒らなくても…とも思う。
「あの、な。道に迷ってたら送ってくれた人がいて、挨拶したいって言うから、そこにいるんですけど…」
 クロードはそこで初めてアインの存在に気がついた。そして、アインとエドワードは固まっていた。
「これは第三隊、隊長殿でしたか。大変お見苦しい所をお見せ致しました」
 クロードは深々と頭を下げ、ようやく腕を放されて俺もホッと胸を撫で下ろした。
「いや、いえ、大丈夫ですよ」
 アインは動揺したように、しどろもどろと答えるが、クロードはそれには全く気付かない。
「わざわざお越しいただいて恐縮ですが、今日は長旅から戻ったばかりでろくなお礼もできません。後日改めてお礼に伺いますが、よろしいですか?」
「いや、礼なんて結構ですよ…それじゃ、失礼しました」
 まるで逃げるように動揺を隠せないまま、アインは何も無い所でつまづきながら屋敷を後にした。
 エドワードは今の隙に立ち直ったのか、無表情に「お食事の準備ができております」とだけ告げて去って行った。
「エディ様、今後は軽はずみな行動は慎んでください」
「了解です」
 また、あの無表情で怒られたらたまらない。下手に表情があるよりよほど怖かった。クロードを怒らせるのは心臓に良くないなと思いつつ、クロード改造計画は長期戦になりそうだ、と改めて俺は思った。

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