翌日、久しぶりに満足のいく食事と、寝床を与えられた俺は元気いっぱいだった。部屋が広すぎる事にはこの際目をつぶっる、どのみち長居をする気はないのだから、しばらくは仕方ない。朝食を取り、少し体でも動かそうかと席を立つと、
「今日は、エディ様には王に謁見していただきます」
 と相変わらずの無表情でクロードに告げられた。
これでこの用さえ済めばアジェ様を追える!と俺の心は浮き足立った。対照的、なのかどうなのかもよく分からないのだが、クロードは淡々と俺に着替えの指示と、行動の諸注意などを告げる。
クロードの用意した服はサイズはぴったりなのだが、どうにも堅苦しくて、嫌だと不平を漏らすが黙殺された。しかし、その正装用の服を着た自分を鏡で見ると、そこには垢抜けた立派な青年貴族がいてなんだかとても不思議な気分だった。
「お似合いですよ」
「嬉しくないです、動きにくいし」
「すぐに慣れます」
 そんなもんかと思うが、やはりどうしても服に着られている感が抜けず、俺は落ち着かなかった。
そんなこんなで俺たちは連れ立って王宮に向かった。王宮は想像していたよりやはりとんでもなく大きくて、俺は驚くよりすでに呆れていた。一体何十人、いや何百人の使用人がいるのだろうか。王様ってのは使用人全員覚えられるのかなぁといらない心配をしてしまう。
カルネ家では執事、メイド、使用人全員で十人にも満たない人数だったので、それはみんな仲が良かったし、とても楽しそうだった。しかし、王宮で働く人達はなんだか皆忙しそうであまり楽しそうには見えなかった。
「それでは、しばらくここでお待ちください」
 通されたのは小さな執務室のような部屋だった。クロードがどこかに行ってしまうと、手持ち無沙汰で辺りを見回す。そこは地図や難しそうな本、それに剣などの武具も乱雑に置かれており、結局一度しか入れなかったが、親父の部屋によく似ていた。そんな事を思ってしまったせいか、ふいに家族の事を思い出してしまう。今は何処で何をしているのか、とりあえずここイリヤにいるのだろうが、探し出すのは不可能な気がしてならない。
「お兄ちゃん!」
 ふいに、小さな子供に飛びつかれる。家族の事を考えていただけにとても驚いた。
「おわっ、お前、ジャンかっ!」
「そうだよ、ルネ姉ちゃんもジャックもユマもいるよ!」
 弟はそう言うとまるで離れていた間の事が夢であったかのように抱きついてきた。だが、その姿はなんだかあまりにも見慣れない格好で少し戸惑う。
「元気だったか〜?」
頭をわしわしと撫でてやると、弟妹はきゃっきゃと喜んだ。
彼等と別れてもうずいぶん経ってしまっている。ばたばしていたせいであまり感じてはいなかったが、彼等が旅立ってすでにひと月半は経っているのだ。
「兄さんも元気そうで安心したわ。怪我したって聞いてたから心配していたのよ」
「はは、もう大丈夫、傷口も塞がったしな。それにしてもお前等、綺麗な格好してるじゃないか、見違えたぞ」
「何言ってるの、兄さんの方がよっぽど見違えたわよ。どこのお貴族様かと思ったわ」
 言うルネはレースをあしらった紅いロングドレスを身にまとい、肉親の贔屓目を抜きにしてもまるでお姫様のようだった。紅がまた黒髪に良く映えるのだ。
 ジャン、ジャックも小さな貴公子然としていて可愛らしかったし、ユマはプチレディといったところか。
「でもお前等、なんでこんな所にいるんだ?」
「あれ、聞いてないの?」
 ジャンは首を傾げる。
「俺は王様に呼び出されただけで、まだ何も聞かされてねぇよ」
 弟妹は顔を見合わせて吹き出した。何が可笑しいのだろうと首を傾げた所に背後から嫌な気配が背筋を這う。俺はとっさに弟妹を背後に庇い剣を剣で受けた。金属が擦れ合う嫌な音があたりに響く。
「相変わらずだな、クソ親父!」
「腕が鈍ってないようで何よりだ」
 力任せに剣をはじくと、ニッと笑ってブラックは剣を鞘に収めた。
「本当に似たもの親子よね、あなた達」
 呆れたような母の声に
「似てないっ!」
 と反論を返す。自分はこの親父を反面教師にこれまで生きてきたのだ、断じて、絶対、似てなどないっ!
 負けず嫌いな所とかそっくり、と皆心の中で思っていたが、誰もあえて口には出さなかった。
「と・こ・ろ・で、一体今これがどういう状況なのか、説明してくれるんだろうな、クソ親父」
「お父様、教えて下さい、って言うんなら教えてやらん事もない」
「……帰る」
踵を返してとっとと扉に向かう。王に呼び出されて、脅されてここまで来たが、ここで親父が出てくるという事は、結局すべて親父絡みだという事だ。聞くだけ面倒な事になる、と賢明な俺は判断した。
「まぁ待て、エディ」
 腕を掴まれ親父を睨む。
「俺にはやらなきゃいけない事がたくさんあるんだよ!親父の暇つぶしに付き合ってる暇はない!」
「アジェ様の事だろ?」
「分かってるなら放せ!」
「そのアジェ様に関係する事だ、と言ったらどうする?」
「なにっ?」
 普段あまり見せないような厳しい顔で親父はこちらを見ていて、不審感が募る。
「本当は、お前がアジェ様も一緒に連れてくる事を期待してたんだけどな、がっかりだ」
「期待に添えなくて悪かったなっ。でも、王が無理矢理俺を連れになんか来なければ、今頃、俺はアジェ様を連れ戻せていたんだっ!」
「それは悪かったな」
 親父はしまったなぁと言う顔で頭を掻く。
「そもそも、王はなんで俺なんかを呼び寄せたんだ!親父は知ってんだろっ?それとも全部親父の仕業だったのか?」
 掴みかからんばかりの勢いで詰め寄り、語気を荒げる。いつの間にやら弟妹は姿を消していた、母が連れ出したのだろう。
「ん〜8割正解かな」
 親父は降参のポーズでばつが悪そうに笑った。
「だったら自分の名前で使い遣せっての!」
「そうしたらお前、来なかっただろうが」
「当たり前だっ!」
「まぁ、落ち着けエディ」
「そう思うならさっさと用件を言え!」
 段々腹を立てるのにも疲れてきた。今すぐにだってアジェ様を追って行きたいのに、一体本当に何の用があるというのか…
「戦争が起きる」
「は?」
「メリア王国がランティス王国に侵攻しようとしている事は知っているな?」
「ああ」
「ファルス王国はメリアともランティスとも同盟を結んでいる。だから、今の所は中立を保っているが、メリア軍はここにきて、自分達に加担しないのならファルスにも軍を向ける、と言ってきやがった」
 それはずいぶん大変な事だったが、それが一体自分に何の関係があるというのだろう。
「でも、別に両方の国相手に戦争なんか起こしたら、メリア王国自滅だろ?そんな国力あったっけ?」
「無い、と信じたい。だが奴らはある兵器が自国にはある、とほのめかしてきやがった」
「兵器?」
「細菌兵器だ。無味無臭だが、撒けば一晩でこの首都イリヤは死の町になる」
「そんな馬鹿な話、聞いた事も無い」
「だが、ここに程近い小さな村で、一晩にして村人全員が謎の死を遂げる事件があってな…もしそこでメリア軍が人体実験をしたとなると、信憑性は高くなる…だろ?」
「人体実験だと?」
「自分達はいつでもやれる準備がある…脅しだよ」
「その為に罪もない村人を殺したって言うのかっ?」
「信じたくはないが。だが、メリアがやったという確たる証拠も実は残っていてな…」
「そんな卑怯な脅しに屈するのかっ?そんなの!」
 ありえない、黙ってメリアに従うなんて…
「もし争えば、もっとたくさんの民が死ぬ事になるだろう」
「でもっ!」
「中立はぎりぎりまで保つ。だが、ランティスとメリアの争いは避けられない」
 そして、今アジェはそんな危険な場所へ向かっているのだ。
「俺、行く。アジェ様をお守りしなきゃ」
「駄目だ」
「駄目でも無理でも、俺は行く」
「今のお前じゃ守るどころか返り討ちだ、だから本当はアジェ様も一緒に保護できていれば一番良かったんだけどな…」
 親父はため息をつきながらそんな事を言う。それが出来なかったのは誰のせいだと思ってやがる。
「返り討ちだろうが何だろうが、こんな所で守られて一人でのうのうと生きてたって意味がない!」
「それでも俺はお前の父親だ、お前をムザムザ死なせに行かせる訳にはいかねぇんだよ」
 俺は親父を睨みつけるが、親父も親父で譲る気はないという瞳でこちらを見据えている。
「だったら、強くなってやる」
 親父になんと言われようと、こればかりは俺だって譲れない。俺にとってアジェは自分の命を掛けてでも守らなければならない大事な人なのだから。
「俺は絶対行くからな!」
「では、こういうのはどうでしょう」
 突然静かな声が割って入ってきた。
「もし、私を倒す事が出来たら、エディ様の旅立ちを許可する…如何ですか?」
「クロード」
 いつの間に来ていたのか、、クロードはいつもの無表情で親父に言う。
「む、そうだな…クロードをもし倒せたなら、お前の実力認めてやるよ、どこへなりと行きやがれ」
 少し思案するも、親父はクロードの言葉を快諾した。
「だそうです、エディ様」
「分かった、望む所だ」
「言っとくがクロードは強いぞ。なんてったって騎士団一の剣豪だからな。そう簡単に倒せると思ったら大間違いだ」
 人は見かけによらないものだ、そういえば趣味は読書と剣の修行だっけ?
「相手にとって不足なし。早速やってもらおうじゃないか」
「よろしいですか?陛下」
「陛下?」
 聞き慣れない単語に俺は思いきり眉を寄せた。
「ああ、言い忘れてたな。俺がファルス王国、国王ブラック=ディーン=ファルス様だ」

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