時間がない、急げ、と父は言う。だが、自分は一体何をすればいいのか途方に暮れる。あまりにもたくさんの情報が頭の中をぐるぐると回っていた。
 とりあえずアジェに事情を説明せねば、と家を飛び出したが、屋敷までの距離をこんなに短く感じた事はなかった。頭の中の整理がつかぬまま、それでも通い慣れた道を進む。結論は出ないままだが、自分はアジェを守るのだと、どこまでもアジェに付いて行くのだと心に決めた。
 屋敷に着くと、屋敷の中はいつもと違い、ざわついた空気が流れていた。
「何かあったんですか?」
通りがかった顔なじみのメイド達に声をかけると皆一様に顔を見合わせる。
「ええ、よく分からないのだけど、領主様に急なお客様で…なんだか怖そうな方々だったから、ちょっと心配で今みんなで話してたんです」
「なんだか見慣れない紋章を付けていたのよ、あれはこの国の物ではなかったわ」
 遅かったか…と心は焦る。
「アジェ様はどこに…?」
「お部屋にいらっしゃいますわ」
 礼を言って、駆け出す、もう本当に時間はないようだ。ノックももどかしくアジェの部屋に飛び込むと、彼はビックリした様に目を丸くする。
「何?ビックリしたっ、帰ったんじゃなかったの?」
 一体どうしたのか、とアジェは首を傾げる。
「訳は後から話します、今すぐここから逃げましょう!」
「は?何?」
 訳が分からずアジェは後ずさる。
「説明している暇はないっ!早くっ!」
「わ、分かったから、落ち着いて」
 なんだか分からないという顔をしながらも、勢いに飲まれたようにアジェは慌てて身繕いをする。そんな姿ももどかしく、腕を取り引っ張るように部屋を出る。こんな事をしている間にもアジェを連れて行こうとしている人間はすぐそこまで来ているかもしれないのだ。
「ねぇ、エディ何があったの?訳くらい話してよ、これじゃあさっぱり分からないよっ!さっき父さまにお客様がみえてたけど、関係ある事?」
「…どこから話していいか分からない、とりあえず、今はここから早く出なければ…」
 アジェが連れ去られてしまう、訳の分からない奴らに彼を渡す事だけは絶対に許せなかった。ともかく色々な事に腹が立って仕方なかった。
「…アジェ」
 廊下を小走りに駆け抜けようとすると、行く手に領主様が立ちすくんでいた。
「父さま」
 アジェは訳が分からないまま救いを求めるように、父とエディの顔を交互に見た。
これが自分の本当の父親か…とふっと考えが頭をよぎる、実感などまるでない。正体不明でトンチキだが、やはり自分の父はブラック以外に考えられなかった。
領主様はアジェを見てから、こちらを向くと全てを悟ったように道をあけた。
「事情は聞いた…エディット=ラング、アジェを頼む」
「…はい」
 二人は領主の横をすり抜ける、アジェは全く分からないと、引きずられながら父の顔を不安そうに振り返るが、すぐに正面を向いてその場から駆け出す。
「なんでこんな事に…アジェ…二人とも、どうか無事で…」
領主は二人の背が闇に消えるまで見送り踵を返した、客人にどうにか説明をしなければいけない、少しでも時間が稼げるように。

 二人は暗闇を駆け抜ける、追っ手はまだ来ていないはずだ、だが嫌な予感が頭をかすめる。何者かの気配がするのだ、その気配は屋敷を抜け出してからずっと自分達を追って来ていた。
 付かず離れず、気配は二人を追ってくる、意を決したように立ち止まり怒鳴る
「誰だっ!出てこいっ」
 剣を構えて闇を睨む、しかし気配は動かない。あたりを探るように見渡すが動かない気配に再びアジェの腕を取る
「行こう、こっちだ」
 何者かは分からないが危害を加える気はないらしい。しかし、油断は出来ない、
「もし何かあったら二手に別れて逃げましょう、この暗闇だし、相手はたぶんどちらがどちらかなんて分かっていない筈、合流場所は…隣町の教会がいいな、もしはぐれたらそこを目指して下さい。相手は土地感が無いから、大丈夫…」
「相手って誰?僕達、誰から逃げてるの?」
 理由も分からず不満顔だ。
「詳しくはまだ話せませんが、相手は、ランティス王家です」
 アジェは目を丸くする、全く想像だにしていない相手だ、そもそも何故自分が追われるのかも全く分からない。
「なんで…」
「足跡だ、近くにいるぞっ!」
 少し離れた場所から声がする
「こっちだ」
 更にアジェの腕を引いて走り出す、追っ手はすぐ近くまで来ていた。だがどうも様子がおかしい、二人の後方でなにやら争う声が聞こえてきたのだ。しかしそれは二人にとっては不幸中の幸い、追っ手が揉めている隙を抜けて二人は駆けた。
 だが、それもつかの間の事、ついに追っ手は二人の前に姿を現したのだ。
 アジェを後ろ手に庇い後ずさるが、その時おかしな事に気付く。追っ手は二人を連れ戻しに来たはずだ、決して殺しに来た訳ではない、しかし目の前にいる男達は一様に二人に剣を向けるのだ、殺気をともなって。
「どういう事だ、お前達はアジェ様を連れ戻しに来たんじゃないのか!」
「…その小僧に生きていられると困る人間もいるって事さ」
 剣呑な表情で男は言う。
「死んでもらうぞ」
 無数の剣が二人を襲う、おそらく自分一人ならばこの場をきり抜けることはいくらでも出来たはずだった、しかしアジェを庇いながらの戦闘はあまりにも不利だ。アジェも剣を使えない訳ではないが、その技術はあまりにも拙い、いつしか二人の肩や腕、足からは無数の血が流れ出していた。その時
「弱い者いじめは良くないぞ〜」
 と、なんとも間の抜けた声が上から降ってきた、声の主はひょいっと木から飛び降りてくると二人の前に立ちはだかり、敵と相対した。
「遅くなって悪かったね」
言われるも、その男に全く見覚えがある訳ではない、もしかしたら新たな敵かもしれないその男に剣を向ける。
「誰だ、お前!」
「ブラックに頼まれて来たんだよ〜俺はなんでも屋のグノー、よろしくね☆」
 なんとも締まらない話し振りだ。
「ふざけた野郎だっ、お前も一緒に殺ってやるよっ、死ね!」
 敵も新たな人物の登場に色めき立つ。だが、グノーの登場で戦況は一変した。へらっとした話し振りに似合わず、グノーはえらく腕の立つ男だったのだ。男達の目は完全にグノーに移った。
「アジェ、こっち」
 隙を付くようにアジェの腕を引いて逃げようとするが
「行かすかっ!」
とっさの出来事だった、斬られそうになったアジェを庇い剣の前に飛び出す、真っ赤な血飛沫と悲鳴。
「エディ!エディ!」
声に一瞬飛びかけた思考が戻る、
「逃げ…ろっ!」
 男に剣を構える、血が滑って気持ちが悪い
「でもっ…」
「早…くっ!」
 襲ってきた剣を剣で受ける。重いっ、腕に力が入らない、それでも、
「後から絶対行きますから」
 最後の力を振り絞り、剣を振り払って笑ってやる
「行けっ!」
 言葉に弾かれたようにアジェは駆け出した。それを追おうとした男に体当たりをするようにくらいつく。
「お前は、行かせねぇよっ!」
 その後の事はあまり覚えてはいない、傷は一ヶ所を除きそうたいした傷ではなかったが、いかんせん出血が多く目は霞み、力は入らない。ともかく、アジェを追う奴は絶対通さない!その想いだけで動いていた。
 どれだけ戦ったのか、そう長い時間ではなかったと思う、気付いたときには周りは敵の死体で埋まっていた。
「ご苦労さん」
 グノーに言われ、肩をぽんと叩かれた瞬間、俺はその場で昏倒した。

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