気付いたのは見知らぬ部屋だった。傍らで自分を覗き込んでいるのは、あまり見覚えの無い男…確かグノーとか言っていたか、なんで?ここはどこだ?
「アジェ様は…?」
 傍らにいたグノーは首を振る。自分が昏倒した後、彼は俺を安全な場所に移し、アジェの捜索にあたったのだが、どれだけ探してもアジェは見付からなかったと言った。
 体中が痛い、目が回る…ここはどこだ?
「ここは領主様のお屋敷だよ」
 不思議そうな顔をしている事に気付いたのかグノーはそう言い、ベッドの傍らに椅子を持ってきて話し出した。
「ブラックは家族を連れて旅に出ちまった。仕方ないからここに連れてきたら領主様が部屋を用意してくれたんだ。ほら、ブラックからの置手紙」
 グノーは父からの手紙を投げてよこす。
『エディ、この手紙がお前に届いてるって事は生きてるって事だな。
俺様はこれから旅に出る。ちょっと厄介な事になってるから母さん達も一緒に連れて行くことにした。
お前ももう大人だ、後は一人でなんとかできるだろう、語るべき事は全部語った、後は自分で決めて自分で動け。
悔いの残るような生き方だけはするなよ。アジェ様をちゃんと守って決めた事は貫き通せ。
もし俺様と連絡が取りたくなったらイリヤまで来い。
健闘を祈る!             BY ブラック』
「……あんのクソ親父っ!」
 こんな手紙ひとつで自分は置いていかれたらしい。
まぁ、どちらにしても着いて行く気などさらさら無いが、せめて理由くらい書いておけ!と手紙を握りつぶす。
「教会だ…」
 唐突に思い出す、怒りで頭がはっきりした。
「教会に行かなきゃ…痛っつ!」
 飛び起きて立ち上がろうとした拍子に体中に痛みが走り、その場にうずくまる。
「馬っ鹿だなぁ、3日も寝てたくせに急に動くから」
「3日?!」
 あれから既にもうそんなに経っているのか?だったらなおの事アジェが気がかりだった。エディは高熱を出して3日間意識を失ったままうなされていたのだとグノーは言い、まだ寝てろと強制的にベッドに戻された。
「アジェ様が、隣町の教会にいるはずなんだ!」
 押さえ込む腕に抗いながら痛みにうめく。グノーはやれやれと肩を竦めた。
「俺が行ってくるよ」
 ブラックには息子を頼むとしか言われてないから契約外だけどな、とぶつぶつこぼしつつも
「怪我人はおとなしく寝てなさい」
 と釘をさして彼は部屋から出て行った。
 部屋に静けさが戻る。枕に頭を戻し、これまでの事を考える。あまりにも色々な事がありすぎた。
そういえばランティスからの兵はどうなったのだろうか?アジェは無事に逃げ出して教会まで辿り着けたのだろうか?家族は一体どこへ、何をしに行ったのだろうか…何が起こっているのかさっぱり分からない。
 ぐるぐると色々な考えが浮かんでは消えていく、そしていつしか俺はまた深い眠りに落ちていった。


 グノーは領主の屋敷から馬を借り、足早に駆けていた。隣町との距離はさほど遠くない、馬で進めば一刻ほどだ、しかし、アジェの行方が分からなくなってすでに3日、もし仮にアジェが教会に辿り着けていたとしても誰にも見付からずに過ごせているものかどうか。
「全く、ブラックも面倒な仕事押し付けてくれるよな…」
 ブラックとグノーは旅先で知り合った友人である。ブラックは旅に出ることが多かった、そんな中のどこでだったか、たまたま出会ったのが始まりで、最初は気にも留めていなかったが、何回か旅先で遭遇するうちに二人は自然と親しくなっていった。
 年はだいぶ離れているのに、なんだか妙に馬が合ったのだ。考え方や、行動がもしかすると似ているのかもしれない。
 そんな中で別れ際に可愛い嫁さんと子供達を見せてやるから機会があったら訪ねて来いと言われたのを思い出し、ふらりと立ち寄ったその日にブラックは慌しく旅に出てしまったのだ。
「ったく、事情くらい話して行けよな〜って俺、可愛い嫁さん見てないじゃん」
 非常に残念だ。娘だったらチラリと見たが、サラサラ黒髪の綺麗な娘だった。きっと奥さんも美人なんだろうなぁ〜ととりとめもなく考えながら馬を走らせていくと目的地にはあっさりと簡単に辿り着いた。
「本当にこんな所にいるのかぁ〜?」
 教会の扉を開け中を窺うと人の気配は全くしない。シンとした広い空間に声をかける。
「アジェ様〜いらっしゃいますかぁ?」
 返事は無い、あたりには静寂が残るのみでグノーは頭をぽりぽりと掻いてため息をつく。
「え〜と、俺は敵じゃないですよ〜エディが動けないんで代理できた何でも屋のグノーでぇす」
 更に沈黙。もしかして誰もいない空間に一人で話し掛けてる俺って変な人…?と思い始めたとき
「エディは…無事なのか?」
「アジェ様ですか?」
 少年は剣を構えこちらを睨む。たぶん間違いないだろう、アジェ様だ。
「エディは無事なのかと聞いている!」
 じれたように質問を繰り返す彼にグノーは手を上げて笑う。
「無事ですよ〜まだ傷口も塞がってないのに自分で行く!ってきかないからベッドに押し込んできました」
「お前はあの時の男だな?何者だ?」
 アジェの警戒は弛まない、グノーはため息をついた。
「俺は何でも屋のグノーですよ。何度も言ってるでしょう。エディの親父のブラックに頼まれてあんた達を助けに行ったのっ」
 あ〜でもエディに傷を負わせちまったからブラックに怒られるかも…と呟いて、でもまぁ、死んでないからいいか、と気を取り直した。ようはバレなきゃいいのだ。
「そうか…」
 アジェは言ってようやく剣を下ろす。顔色はあまりよろしくない、おそらくここに逃げ込んでからろくに食べる物も食べていないのだろう事は予想できた。
「さぁ、エディが待ってますよ」
「兵がいるんじゃないのか?」
「兵ならとっくにどこかに行っちまいましたよ。俺もさっぱり事情が分からないんですが、なんで追われてたんです?」
アジェは力なく首を振る、自分の方こそそれが知りたかった。
「まぁ、帰れば事情も説明してもらえるでしょう、行きましょうか」
 今度はおとなしく従うアジェを馬に乗せ、自分も跨りグノーは来た道を引き返していく。近くでアジェを見たグノーは、アジェはあまり領主に似ていないなと思った。エディを屋敷に連れ込んで領主と何度か話もしたが、髪の色のせいもあるのだろうがエディはあまりブラックに似ておらず、どちらかといえば領主に似ている気がしてならなかったのだ。
「どうかした?」
「あ、いえ…なんでも。ところでアジェ様はエディとはどういった関係で?」
 完全に部外者である自分に領主はあまり多くを語らなかった。
「関係?…幼馴染かな、エディは僕の従者だけど、本当はあんまりそういうの関係なくて、僕がエディに側にいて欲しくて一緒にいてもらってる感じ」
 アジェはそう言うが、エディの様子を見ていると、多分エディも好きでアジェの側にいるのだろう事は安易に想像できた。
「仲が良いんですね」
「ふふ、そうだね。ところでグノーはどこから来たの?この辺の人じゃないよね?」
「俺ですか?俺は根無し草の、旅がらすですよ」
「そうなんだ、でも家族とかいるんでしょ?」
「まぁね、今はどうしてるやら知りませんけど。そういえば弟がアジェ様と同じくらいの年なんですよね…育っていればこのくらいか」
「僕、発育悪いから、あんまり比べないほうがいいよ。たぶんもっと大きいんじゃない?」
 確かにアジェは小さい、その事をひどく気にしているのかアジェは拗ねたように言う。
「でもさ、グノーはなんで家を出たの?寂しくない?」
 すっかりグノーに気を許してしまったのか、アジェは人懐こくそんな事を聞いてくる。
「なんででしょうねぇ〜ともかく外が見たかったんでしょうかねぇ」
「ふぅ〜ん」
 言いながらもアジェはどれだけ外を飛び回っても帰る事のできる家がある人は羨ましいと思った。別に自分が不幸だとは思わないし、領主が自分を我が子として愛してくれている事は分かっていた、だがやはりあそこは自分の本当にいるべき場所ではないのだという思いは消えなかったのだ。自分を生んでくれた両親を恋しいとは思わないが、自分が本当は何者なのか知りたいという思いは成長するにつけアジェの中で大きく膨らんでいた。
「グノーは家に帰りたいとは思わないの?」
「ん〜あまり帰りたくは無いですねぇ、如何せん俺は家族とソリが合わないんでね。できれば会いたくないってのが正直な気持ちです」
「そうなんだぁ、お父さんとか厳しいの?」
「厳しい、ですね。自分の言っている事は絶対だと思っているような人で、世界は自分中心に回ってると本気で信じているような人間ですよ」
 大袈裟に語るグノーにアジェはケタケタ笑う。
「アハハ、凄い人だね」
「アジェ様の親父さんはどうなんです?優しいですか?」
 逆に問われて少し考える、だが自分は父が大好きだった
「優しくて強い人だよ、尊敬してる」
「俺の親父に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいなぁ」
 言われてアジェは更に笑った。

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