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□エイプリルフール
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『お前が好きだ』


何故こんな言葉を野球バカに放ってしまったのか、自分でもわからない。
目の前の山本は、いつものようにヘラヘラするのかと思いきや硬直したまま此方を見て離さなかったものだから、夕焼け空の下、オレは冷たい針が心臓を貫通したような感覚に陥った。





【エイプリルフール】



今日が4月1日であったことをこれほど感謝することはないだろう。好きだ、と喉を通って空中に吐き出された声も、次の言葉で否定出来たのだから。

「なに本気にしてんだよ、嘘に決まってんだろ。今日エイプリルフールだぜ…?」
「え?あ、あぁ、そういやエイプリルフールだったな」
「バーカ」

バカ。バカバカ。バカなのは俺だ。
エイプリルフールに、嘘を着いたのは初めてだった。"嘘をつかれたまま"の山本は独り言のようにエイプリルフールか…、と呟いた。
そんな奴は再びオレを視界に捉えると、夕食の誘いをしてきた。店にいいマグロが入ったらしい。
嘘じゃないだろうな、と少し疑ったものの食にありつけるのであればと山本の家へ向かった。



「あいよ獄寺くん、たらふく食べてってくれよっ!」

親父さんがを握ってくれた寿司、シャリの上に乗るはマグロ。
そんな豪華な夕食をいただいた後に山本が数学を教えて欲しいと言ってきた。ついでに夜も遅いし泊まっていけとのこと。山本の家に泊まるのは初めてじゃなかったし、オレの着替えも置いてあったので、泊まることにした。
冷えた夜中を歩くのも面倒だし、それにメシの礼もしたいしな、と理由を添えて山本に了解する。そんなもの、素直になれない自分を納得させるためでしかないのだが。



「だから、ちげぇって!これはこっちの定理を使うんだよ…!!」
「あぁー…」
「聞いてんのかバカ…!!」

風呂から出てきたら勉強タイム。教えてくれと言った本人はやる気があるのかないのか、さっきっから間違ってばかりだ。

バカ、というオレの声を境に静寂に包まれた。時計の針だけが大きく響き、時間が流れていることを知らせてくる。
机を挟んで向かい合ったまま、視線はお互い下に向き、唇を固く閉じる。

なんでこんな空気になるんだ。思い出してしまうのは山本に放ったあの言葉で、ひしひしと胸を締め付けられた。

『お前が好きだ』

なんてストレートな言葉。グルグルと喉の奥で渦巻いていたもの。お前が好きだ。好きだ、好きだ。

大嫌いだ、は挨拶の如く言えるのに、どうして"本気"の言葉は言えないのか。いや、"本気"だからこそなかなか言えないのだろう。

沈黙の中で、また好きだと言いたい衝動に陥る。そんな時に、山本の声。


「獄寺…」

名前を呼ばれ顔をあげる。山本と真正面から向きあった。

そこには真っ赤な顔した山本がいて。心臓が、ばくばく鳴った。


「オレ、獄寺が好きだ」



思わず目を見開く。今、こいつは何と言ったのか。その言葉の意味は何なのか。山本の真剣な面は何を物語るのか。

「なにふざけたこと言ってんだよ、嘘だろ。オレは騙されねぇぞ」

なんてったって今日は4月1日、エイプリルフールだ。一瞬でもドキリと反応してしまったことに嫌気がさす、と同時に泣きたくなった。


「獄寺、嘘じゃねぇから。本気だから…」


煩く響く時計の針に目を見れば、針は12時を回っていて。


時計の秒針の音を上回った山本の声は、また言葉を放った。


『お前が好きだ』と。




fin. 


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