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□02
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深い眠りにつくことなんかできなくて、そのまま朝を迎えた。
暗く沈んだ気持ちでも、10代目に気付かれないよういつものように明るく振る舞いながら登校。グラウンドにいるであろう山本には目も向かず、教室に着いたのは8時半前だったか。
朝のチャイムと同時に、朝練を終えた野球部たちが廊下を駆けて教室に飛び込んでくる。
山本も、その中にいて、激しく心が軋んだ。
【02】
「おい、野球バカ」
「獄寺っ!ははっ、おはよー」
汗で濡れた髪が、朝練の厳しさを物語る。こういうのを見て、女子たちはかっこいいとか思うのだろうか。実際、男のオレから見てもかっこいいのだが。
いや、今はそんなことはどうでもいいんだ…!昨日の真相を聞く、それが今は必要なんだ。
道を踏み外しそうになった思考をどうにか正し、相変わらずアホ面な山本を見る。
「山本、お前昨日女といたろ」
「……ん?」
「昨日、10時頃…」
「10時頃?」
「…女と何処か行ったろ」
思い出す振りをする山本に苛立った。
なんだよ、即答しやがれよ…!こっちはどんな思いで聞いてんのかわかってんのかよ…!!
もしかしたら。女といたことを、その女が好きなんだと肯定されるかもしれない。そんなことはないと言ってほしい。揺らぐ不安を静めてほしい。
焦るオレを知らない山本から返ってきた言葉は。
「見間違えじゃね…?」
なんと言い返せばいいのかわからなくなった。それよりさ、と言って山本はオレの手をとる。
「獄寺、この指輪新しく買ったのか?見たことねぇのな」
「だったらなんだよ、触んな」
とられた手で山本の手を払うと、ヤツの前から立ち去った。
苛立ちが背中に疼く。曖昧な返事をされるくらいなら女と一緒にいたことを肯定されたほうがマシだった。好きな奴の嘘くらい、オレは見破れるってんだ。バカにすんな。都合が悪いのか直ぐに話変えやがって。よそよそしいんだよ…!
苛立つと同時に胸に冷たく涙腺を刺激するような感覚がして思わず唇をぐっと咬んだ。
放課後はすぐにやってきて、山本は教室を飛び出していった。
それを見た後も立ち尽くしていたオレに10代目は帰ろうと声をかけて下さった。朝と同様、グラウンドにいるであろう山本には目を向けず、やり場のない思いを抱えたまま下校する。
「ツナー、じゃじゃーん今日の夕飯はオムライスなんだもんね…!」
「ランボ、ケチャップ持ってちゃダメ!ママさん困る!」
「ランボ!ケチャップの蓋開けながら走り回るなよ!誰かにかかったら大変だろ!」
ケチャップを持って10代目の家から飛び出してきたランボを10代目とイーピンがつかまえようとする。それは当たり前の風景で、オレもまたオレらしく走り回るランボを追いかけた。
「アホ牛…!10代目に迷惑かけてんじゃねぇっ!!」
「ぐぴゃっ」
ランボのモコモコヘアーを鷲掴みケチャップを取り返した。腕の中でぎゃあぎゃあと騒ぐアホ牛の元気な様子といったらとんでもない。いや、そんなことも今では驚くこともなく、日常に溶け込んでいるのだが。
「…どうかした?獄寺君…」
「イーピンも心配」
「んぁー、オレっちの上だけ雨降りだもんね…」
三人の声にハッとして頬を伝う涙の存在に気付いた。拭いながら、目にゴミが入っただけです、気にしないでください。そう言うと10代目は家から目薬を取って来て下さった。イーピンはまだ少し心配そうにオレを見つめて、ランボはアホ寺を泣かせてやったとまた騒いだ。
ケチャップを探していた10代目のお母様が家から出てきてオレを見つけると夕飯に招いて下さった。
暖かい空間を出たのは9時を過ぎた頃。
何故泣いたのか。
それは目にゴミが入ってしまったことによる涙ではなく、感情的な涙だったわけで、その訳を10代目の家から帰る道で考えた。
チラついてしまうのは、やっぱり山本と知らない女の姿。
山本に問い詰めた時、あいつは見間違いだろうと言った。と言うことはあいつは女といなかった。山本の言葉を信じよう。
信じよう。
そう思った時だった。
決心は直ぐに崩れ落ちた。
「ほい、指輪」
「ふふっありがとう」
「よかったな、似合ってんのなー」
山本とあの女がいた。女に指輪を渡して笑っている。女と一緒に並んで歩いている。
声も聞いた。確かに山本だった。この目に移り、鼓膜を振動させる、染み付いたヤツは山本本人。これは見間違いじゃなければ聞き間違いでもない、現実。
今は夜。山本は部活で忙しいと言っていた。女は"あの女"。山本は女と一緒にいたことを否定した、はずだったのに。それを、信じた直後だったのに。
二人は次第に滲んでぐしゃぐしゃになった。
それは目にゴミが入ってしまったからではなく、感情的な何かによるものだった。
continue.