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□灰色の境界
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置いてかれるって、どんな感じなんだろうか。
オレはいつでも前だけ見ていたい。後ろ髪を引かれたって、動じずにいたい。何かを守るために、失わないように。
けれど、どんなに足を前に向けたって、あいつの背中は遠くなるばかり。
斜め後ろにいたはずのお前が、オレに背を向けるようになったのは。
いつからだ?
【灰色の境界】
書類を片付けアジト内の自宅へと帰ると、薄い暗闇の中で死んだようにやつは眠っていた。彼にとってそこは、唯一、安らかな時を過ごせるのであろう。
只今、と。ベットの上で横になっている山本の髪を撫でながら囁いた。
穏やかで、明るかったあの頃の面影は、今となっては残像にすぎない。もうその背からは緊迫感しか見い出せなくなっていた。
寝室は無音。通路に出れば暖かな光と空気、アジトが動いている呼吸が聞こえるのに、まるでそこは別世界。深林にでも迷い込んだよう。
武器を手放した猛獣が、草影に身を潜め安眠している。といった表現が当てはまるだろうか。
―ならば、猛獣の住む深林に入る事を許され、彼の髪を撫でているオレは何に匹敵するか。
森のフェアリーとでも言っておこうか。森を守る猛獣と、弱く脆いフェアリー。
いいや、考えた後に気味が悪くなったのでそれはやめることにした。
どちらにせよ、お前とオレは猛獣でなければ森のフェアリーでもない。同じ人間だ。
どちらかが武器を振り回すだけにならずとも、二人肩を並べれば一本の腕ですむ。
それなのに、お前は。
「なんで待っててくれねぇんだよ」
ぽつり。暗闇に音が波紋をつくった。
追い付かれ、追い越され、視界に映った背を追いかけても、やつは焼け野原を突き進んで行く。
猛獣じゃない。フェアリーじゃない。お前だって、オレだって、ただの人間じゃないか。
くだらない思考を繰り返すその間も、やつは目蓋を閉じて安らかな眠りについている。
沈黙が重くのしかかり、ベットに倒れるようにオレも山本の隣で思考の渦に飲み込まれていった。
それから数時間。現実なのか、夢の世界なのか。定かではないがたしかに山本は言った。山本の声が聞こえた。
向けていた背をあちらに返して、オレを真正面で捉えて。
『獄寺の言う通り、オレも獄寺も人間だけど』
『弱いけど』
『そのちっぽけな人間が、大事なもんを精一杯守るのも悪くないだろ?』
「今度はオレが守る番なのな」
碧の瞳が暗闇に目が慣れてきた頃。山本はベットに腰掛け銀の髪を撫でていた。
「おはよう」
そう囁いた山本に、獄寺は同じくおはよう、と返した。
緊迫感のない、穏やかな山本だった。
守っていたはずなのに、守られる側になってしまった今。
やつの背を追いかけるのも悪くないな、と、獄寺の声は灰色の境界に溶けていった。
fin.