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□恋人はマイキラー
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帰り道、夏の6時過ぎ。
ピンク色の綺麗な空の下に、映し出された影が2つ。

山本のとオレの。


影だけ見てると世界に二人だけしかいないみたいな感覚に陥った。
どこか寂しく思える空に浮かんだ雲はゆっくり動く。
山本は隣で歩く。

チラッと見たら、山本も空を見ていた。
こいつにはどんな空に見えるんだろうか。少なくとも寂しそう、なんて答えは返ってこないだろうけど。

『あの雲うまそうだなー』とか、脳天気なこと、言うに決まってる。

そんな空に向かって、オレは煙草の煙を吹いた。


「なぁー、獄寺ぁ」
「あ?」

「ちゅ―していい?」
「っ!んなとこでヤメロ!!」

肩を組まれて耳元でそんなことを言われた。
相変わらずこいつは唐突で、それでいて

「やっぱこんなとこじゃ出来ねぇか」

なんて、笑ってオレの調子を崩しやがる。全く、振り回されてばっかりの今日この頃。




― 恋人はマイキラー ―…




もう少しで別れ道。
次に発するオレの言葉でおまえは言うんだろ―な、きっと。

いや、絶対。


「じゃあな」

オレがそう言えば

「獄寺」

野球バカはオレの腕を掴んで引き止めて

「家、寄ってっていいか?」

と言う。

予想通りの展開。


「来るなっつっても、来るんだろ…」
「ははっ、わかってた?」

遠回しな了解。
苦笑する野球バカ。

家に着けばキスされる。
そんなこと、もうこの時点では分かりきっていること。
てめぇの思考回路なんて簡単過ぎて先が読めちまう。


いつもそうだ。
あいつの心の中は丸見え。
単純で素直で、嘘つくの下手くそで。
何考えてんのかもだいたいわかる。

それでもって、振り回されてばかり。


「……なんで、だ?」
「?どうかしたか獄寺?」



そこで、ふと、自分自身に抱いた疑問。

ヤツに対応できないのは何でだ?

(予想がつくなら、それなりの構えができるはずなのに)


「……?」
「獄寺ぁー?」


頭上を浮かぶ雲のようにゆっくり、じわり。湧いたそれは家に着くまでの数分で頭の隅に流された。



マンションの一角。
鍵を開けて、一歩中に入れば、後ろから抱きしめられて、それから噛みつくようなキスを。


ああ、なんでこんなに目が回って見えるんだ。

振り回されてるからなのか。
そもそも振り回される理由がわからない。どうしてオレはこんなやつと一緒にいるのか。

(あんまり認めたくないけど)10代名の友達だから。
同い年だから。
家がまあまあ近いから。
野球バカだから。

男のくせして男のオレのことを好きだから。
オレも、そんなことなくないから。

どこまでが理由の範囲なのかわからなくなってきた。


「わり、獄寺っ、最後までしていいか…?」
「るせぇ、勝手にしやがれ…っ」



熱い、触れ合った肌と肌。

逃げたくても、逃げられない。
嫌だけど、嫌いじゃない。
恥ずかしくても、山本とこんなことするのは、あれだから。

腕の中、すごくソワソワしてしまうけど、どこかで安心している自分がいたりして。

矛盾、と言えばいいのか。矛盾とはちょっと違うようにも思える、気持ち。

だんだん息ができなくなるような苦しさに似た、気持ち。


(あ…!)



それで気づいた。
なんで対応できないのか。

それは心臓が壊れそうなほどに脈打っているから、だ。


息すらさせまいというようなキス、優しく抱く腕。すっぽりと収まってしまうのが悔しい。


けど、耳を済ませてみれば、山本のはえ―心臓の音が聞こえてきた。

抱き合ったからとか、そういうのじゃなく、気持ちに反応して動く、心臓。

こいつもオレに対応出来てないんだな。なんて、そんなこと自分だって同じなのに。

(心臓が強がりたいと言っている)





………


気づけば夜の9時近くなっていた。行為の後に眠ってしまったようだった。

見れば目蓋を閉じて、寝息をたてる山本が隣に。
「ばぁか」って言って笑ってやった。


黒髪を撫で、額にそっとキスを落とす。
普段はなかなか言えないけど。ふいに出た言葉。自然に零れた声。


「…好きだぜ」

「………知ってる」

眠っていると思っていた山本の目蓋が開いた。

「は…!?起きてたのかよ!狸寝入りしやがったな……!」
「んな、起きるタイミングわからなくてよー」

本当に恥ずかしい…!
もう暫く言うのはよそう。

ああ…ほらまた振り回された。

眉間にシワを作っているであろうオレの表情とは逆に、あの山本のアホ面はふわりと笑顔を作って、オレを抱きしめた。


とくん、とくん。

伝わる鼓動と鼓動の間で思った。

ほんとは、自分自身の気持ちに、対応出来ないのかもな。って。


このままずっと一緒にいたら、心臓が保たない。
精一杯すぎて、必死すぎて、目が回る。


そういえば、人間、一生に心臓の動く回数は一緒だと聞いたことがある。

嘘だか本当だか。
詳しいことはわからない。

けど、もしそれが『本当』だったら。


オレはお前が原因で、もうすぐ死んでしまうだろう。

毒を飲んだように、ゆっくりと。



(それくらい、オレはお前のことを、………)



fin.
 

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