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□夏のジェラート
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土手を歩いていた。

夏の日差しが降りかかる午後2時。川原沿いの野球場からは、木にとまった蝉の鳴き声にも負けないくらい、声援が響き、その中には山本の姿があった。

真剣な顔。時折見せる笑顔。
白いユニフォームを土で真っ黒にしながら、太陽の光を浴びたその人は、そこにいた誰よりも眩しく見えた。

そんなあいつを、少し離れたこの土手の上から見ている自分に抵抗はあったものの、野球場の応援席に立つわけでもなく、通りすぎるわけでもなく、ただただ煙草の煙を風で靡かせながら、その見えない『抵抗』に、オレは一人抵抗していた。



― 夏のジェラート ―…


暫くして、野球場の声援がなくなり、蝉の鳴き声が大きく聞こえるようになれば、山本がオレのもとへ走ってやってきて、ニッと笑った。

「よう!獄寺いつからいたんだ?」
「あー、わかんね」
「野球に興味もったのか?」
「たまたま野球バカの姿が目に入ったからなんとなく見てただけだ」

歩き出すとついてくる。なんちゃらかんちゃら喋る山本にあーそうはいはい返事する、繰り返し。

「なー、獄寺ん家寄ってっていいか?」
「んあー、あぁ」

「ん?獄寺ん家こっちじゃねぇ?」
「寄りたいとこがあんだよ」


いつもは真っ直ぐ行く道を右に曲がった。ついてくる山本。

行き着いた先はジェラートの売っている店。目的はもちろん、ジェラート。
暑い中、土手にいた体が欲していた冷たい物。どれにするか迷っていたら、後ろから顔を出した山本が、オレゆず味がいい!と声をあげた。
オレにおごってもらう気満々のようだ。

「残念ながら500円玉ワンコインしかねぇよ。そもそもてめーになんか買ってやる気はこれっぽっちもないからな!因みにオレが選ぶのは木苺味だ!」
「えー!ひでーのな!」
「へっ!指加えて羨ましがれ野球バカ!」

店員に頼もうとした瞬間、

「…あ!これダブルもあるじゃんか!」
「だったらなんだよ」
「味が2種類選べるってことだろ?ダブル1つなら500円あれば買えるし、木苺味もゆず味も食えるのな!ってことで、すみませーん!木苺とゆずのダブルください!」

半ば強引な山本の注文に店員はおどおど。後ろに並んでいたおばさんはクスリと笑った。

もう、なんでもいいや。

子供な山本に折れた。
そんなにゆず味が食いたいのか。そうかそうか。

オレが金を払って山本がジェラートを受け取る。

「ゆずうーめー!」

叫ぶ山本をサラリと無視して木苺味のジェラートをぱくり。……美味い。

ジェラートを山本の手から奪い、ゆずも一口食べた。個人的に木苺味のが好み。その後は木苺味だけを口にした。山本はあっという間にゆず味ジェラートをたいらげてルンルンご機嫌のご様子だ。

それでもちまちま木苺味ジェラートを食べてるのを横目に見ていて物足りなさを感じたのか、

「木苺味ちょっと食っていい?」

とか言い出す。
もちろん、答えは。

「無理、拒否」
「えーえーケチなのなー」

どうせケチですよ。


蝉が鳴く。
なるべく木陰を通るようにしていたが、相変わらず額には汗が生まれた。

二人並んで歩いて数分経ったか。
山本が静かになったな、と思った途端。


「…ん、んん!」


キス。


「…こ、こんなとこですんな!なに考えてやがる!」

「獄寺の口の中、木苺味、なのな」


夏の日差しではなく、春の柔らかい光に似た山本の笑顔。

ひなたぼっこしていた猫がいつの間にか寝ていた、ように。山本から目が離せなくなった。


溶けたジェラートが手にたれる。
山本がベロッと舐めて、そのまま残りのジェラートも食べられてしまった。

「うぁー!返せオレのジェラート!」
「んな怒んなよー」

なんだその楽しそうな表情は…!

こいつはオレを怒らせるのが趣味らしい。どこまでもムカつくやつだぜ…!!


「な、今度また行こうぜ?あそこのジェラート食いに」


デートの時でもさ、と言う山本を横に、小さく頷いたオレ。
頭をがしがしされ、怒るとまた楽しそうに笑う。
オレも人のことは言えないかも、な。

怒って山本を笑わせることが、趣味になってしまいそうだ。


そんなオレの口の中ではまだ、ゆず味が残っていた。

次、買うときはゆず味のシングルにしよう、なんて思ったのは口にしないことにしよう。


夏の湿った暖かい風さえ心地よく思えてしまった、日差しの強いある1日。

冷たいジェラートは、体温に負けて、体の奥で溶けてなくなった。

甘い後味だけを残して。


fin.

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