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□世界を創りうる者
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聞き慣れていた銃声が自棄に大きく鳴った。耳を裂くような鋭い振動が空気を伝って響く。
その瞬間、見慣れていなかったのは目の前で吹き飛ばされた華奢な体で。

名前を呼ぶ間もなく、銀の髪は中を舞い、その体は生暖かい床に叩きつけられた。



【世界を創りうる者】





何の音も聞こえなかった。
ワープでもしてしまったのだろうか。全く見知らぬ世界に来てしまったように思えた。10年バズーカが存在するくらいだ。あってもおかしくないだろう。
しかし実際にはそこから動いていないので、あの血の海と化した部屋にいることは間違いない。聞こえた銃声も、あの人が撃たれたことも、現実。
今まで幾度となく危険な状況に陥ったが、今回起きたソレはその中でも最悪な域に達していた。

体は硬直し、上手く動かせなかった。心臓だけが激しく動き、呼吸は乱れて。


「   」

その人の名前を呼ぶ。
声に出したつもりだったが何も聞こえなかった。とても静かだった。


「   」

白の世界で、オレは目の前に倒れた人を抱きかかえた。



『……山本』

音のない世界に音が生まれた。
オレの名前を発したのは弱々しい声。
ヒュー、ヒューと、パイプから空気が漏れるような音は、酸素を求め動く、腕の中にいる人の肺。銃弾が穴を空けたのだろう。上手く吸い込めていなかった。

次に、色のない世界に色が生まれた。
力のない瞳は、綺麗な緑色をしていて。
赤が溢れ出す、腕の中にいる人の体。白い肌、白の世界に、それはそれは鮮やかな彩りをもたらした。

紛れもなく、獄寺によって生み出されたもの。オレの悲しい世界の全て。



何か言いたそうな目が、オレを捉える。オレは、…動けない。声も出せない。

オレの中での非現実的現象が今ここに。何の前触れもなくやってきた。嘘だ、夢だ、きっとそうだ。
大丈夫、獄寺は死なない。
…死なせない。


目を見開き動くことを忘れたオレを前に、獄寺の口が弧を描いた。

「     」





やがて、音が死んでいった。残されたのは鮮やかな赤だった。
夢でも見ているのかもしれないという自分に対する言い訳と、打ち付けられた現実。

合っているようで、合っていない獄寺の視点。空中をただぼんやりと見つめる目に、もはや生命力はなかった。

獄寺をそっと抱き上げて、アジトから出た。途中、襲いかかる敵を腕一本、刀一本で切り、また何事もなかったように歩き出す。
獄寺は、珍しく大人しかった。静かにオレに抱かれていた。
痛みや苦しみに対してはとっくの昔に慣れていたはずなのに。胸に槍を刺されたようなソレは、オレに大きな傷をおわせ、心をボロボロにした。それこそ満身創痍。

天井のないその場所に着く。
時の流れを忘れさせるほど綺麗な満月がオレたちを迎えた。

いつだったか。
どんな場所で死にたいか、なんて話をした。話を持ちかけたのはオレで、獄寺は『満月の下がいいな』と言った。
昼間じゃ明るいし、かと言って暗い所も嫌。だから『満月の下』なんだって。
流されると思っていた問いに答えてくれた獄寺はどこか寂しそうな表情で。聞かなければよかったと思った。
『…オレは獄寺の傍でだったらどこでもいいな』
そっぽ向いてた顔がこちらに向けられ、悲しそうな目はオレを見る。獄寺は『欲張れるんだったら、オレも…』と、小さく溢した。



息をしない獄寺を抱き、見上げた空に嘗ての記憶を蘇され、どうしようもなく胸が締め付けられた。

「なぁ獄寺、見えるか?…キレーな空だぜ」

獄寺の半開きな目は月を見る。緑の瞳に月が映る。


するとポツリ。雨粒が落ちてきた。
それでも月はオレたちを照らした。雨は次第に強くなり、獄寺の顔を濡らしていく。
獄寺の開いたまま動かなくなった、渇いた瞳とは反対に、オレの目は潤いで満ちていた。

ぼろぼろ、大粒の涙が。
絶え間なく溢れ、頬を伝って獄寺のもとへ。
震える肩を包んでくれる暖かい手はもうない。熱を失ったその手は赤を纏っているだけ。それがまた悲しかった。



そういえば、昨日までは曇っていたな。獄寺のために晴れてくれたのか、晴れたから獄寺が連れていかれたのかはわからない。

ただ、夜空を明るく照らし出す満月が羨ましく思えた。

なにを思い光るのか。
太陽がなければただの石ころ同然なのに。その光を使ってオレたちを照らしている。


涙が止まらなかった。
何度も放った愛しい人の名前も、今は独り言にすぎない。
月だけが、黙ってオレを見下ろしていた。



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