◆平行世界◆
□突発
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『続く物語、終わる物語』
図書室の中はとても静かだった。
本日は、わが木ノ葉乃高等学校の卒業式だった。と言っても、もう終わってから時間が経っているから、校舎の中に人影はまばらだ。
卒業式の片付けも終わり、先生たちもほっと一息を付く頃、ヤマトは一人で図書室にいた。
もちろん行き付けの、第一図書室だ。
蔵書内容なんかは第二図書室の方が良いのだが、落ち着いた雰囲気や静かな空気が、どうしてもヤマトをこちらに向かわせる。
それに、今日卒業した教え子と初めて会った場所でもある。
なかなか面白い出会い方をしたな、と思い出してついヤマトの顔に笑みがこぼれた。
もう少しTPOを考えて欲しいと常々思っていたのだが、そういう意味では、アスマと紅に感謝すべきだろうか。
二人がいなければきっと出会い方が違っただろう。
初対面でありながら、いきなり秘密の共有なんて、親しくなる布石が打たれたも同然だと思う。実際、授業でも部活動でも、少しだけ私生活でも仲良くなったわけだし。
成績も良いし、頭の回転も速い。
趣味趣向も似ている部分があったりして、色んな事を彼と話すのがとても楽しかったな…なんてヤマトはらしくもなく感慨にふける。
でも、それも今日で終わり。
彼は卒業して、もうここに来る事はないのだ。
たまに、長い休みなんかに来る事はあっても、今までのように会うこともないだろう。
淋しくなるな、と思う。
もちろんそれを彼本人に言うつもりなどないけれど。
だって、彼はこれから輝かしい未来へ向けて一歩踏み出すのだから。ヤマトの言葉はまるでそれを引きとめようとしているかのようではないか。
そんな事を言えるような立場でもないのに。
「あ、ヤマト先生!」
静かな図書室に、反響するんじゃないかと思うほどの大きな声がした。
しかも、ほんの今まで考えていた彼の声だ。
「ここにいたんだ…。探したってばよ」
「ボクを?」
ヤマトは驚きながらも、自分が心のどこかで彼が来るんじゃないかと期待していたことに気付いた。
今、この瞬間を嬉しいと感じていたのだ。
「や、ほら、今日で…最後だし。ちゃんと挨拶しときたいな…って」
「……卒業おめでとう、うずまきナルトくん」
「あ、ありがとうございます…ってばよ」
ちょっと照れたように笑う顔は、高校3年というにはどこか幼くて可愛らしさを滲ませている。
それを本人に言えば怒るだろうけれど。
たぶん彼を大事にしてる誰かさんに言えば、同意されると同時に、独占欲から理不尽な怒りをぶつけられること間違いナシだ。
初めて会った頃と比べれば、随分と自然に笑えるようになったと思う。
それも全部、その誰かさんのおかげなんだろうけど。
「うちの大学部に行くんだってね?」
「うん、本当は就職しようかとも思ったんだけど、綱手さんも自来也のおっちゃんも大学行っとけって言うし。」
「カカシさん、大学に戻るって聞いたけど…」
最初は酷く毛嫌いしていたその人が、今じゃ彼にとってかけがえのない大事な人なのだから、人の運命って分からないものだ。すぐ側で見ていた人間としては、かなり興味深いものだった。
まぁ、他人の関係を面白がるというのは良い趣味とはいえないけれど。
ナルトはヤマトの言葉に、ああ…、と呆れたように笑って、次には疲れたように大きな溜め息をついた。
「あの人さ、俺が大学行くって言ったら……勝手に父さんの研究を継ぐんだって早とちりしてさ、俺を向かえる準備だとか一人で盛り上がってて…」
「ええ?……でも、君、文学部だって聞いたけど」
「そ、俺ってば文学部なの。てか、2年に進級する時だって俺は文系選択してんのに……。まぁ、それで最近になって違うんだって気付いて、じゃあ大学辞めるって駄々こねてさ、一度言い出したらちゃんとやれって説得すんの大変だったんだってばよ」
ナルトは本当に疲れた…と言った感じで、また大きく溜め息をついた。
ごねるカカシと、それを必死に説得するナルトの図を想像して、ヤマトをつい笑ってしまった。たぶんナルトにしてみれば笑い事ではないのだろうけれど。
でも、普段の二人を知っているからこそ、容易に想像できるのだから仕方ない。
「……って、俺達の事じゃなくて、その、」
「ん?」
ナルトは急に改まってヤマトの前でピシッと姿勢を正した。
「今まで、色々とお世話になりました。先生に会えてよかった。ありがとうございました…ってばよ!」
最初は真面目に、
でも段々と照れてきたのか、語尾が恥ずかしげに揺れる。
でも、ヤマトを見つめる目はまっすぐだ。
「こちらこそ、君に会えて楽しかったよ」
ヤマトがそう言うと、ナルトは嬉しそうにへへっと笑った。
こんな笑顔を見るのも、本当にこれで最後なのだと思うとヤマトはやはり淋しさを感じていた。
もちろん顔には出さないけれど。
「カカシ先生にとって俺の父さんがそうだったみたいに、俺にとっての唯一無二の尊敬する先生は、ヤマト先生だってばよ…。きっと、ずっと、先生のこと忘れないってば」
ナルトは満面の笑みでそんな事を言った。
まるで不意打ちで。
ヤマトは一瞬、ぽかんとナルトを眺めていた。ナルトもそんなに驚いたヤマトの顔が初めてだったのか、同じように驚いた顔をした。
でもすぐにそれが自分の言葉の所為だと気付いて赤面する。
ヤマトもすぐに我にかえって、同じように赤面しそうな顔で必死に平静を装った。
「………君って子は、本当に、まったく……」
嬉しさと、
照れくささと、
愛しさと、
色んな気持ちが入り混じって、うまく言葉が出てこない。仮にも国語教師なのにな…なんて思いながら、ヤマトはナルトに笑いかける。
ナルトも、それに答えて嬉しそうに笑った。
「もしもあの時…」
ヤマトが呟いた時、ナルトのポケットで携帯が鳴り出した。ナルトの反応から見れば、どうやら相手はカカシのようだ。
そろそろ時間切れということらしい。
ヤマトは小さく溜め息をついて、そのまま言葉を飲み込んだ。
「あの、ヤマト先生?」
ナルトはヤマトが言いかけた事が気になるのか首を傾げるけれど、ヤマトはもう続きを言うつもりはなかった。
だから優しく笑うだけだ。
「カカシさんが待ってるんだろう?早く行かないと、また怒られるんじゃないのかい?」
「うん、じゃあ…俺」
「元気でね、たまにはこっちにもおいで。お茶くらい出すよ」
「きっと来るってばよ!じゃあ、また…」
ナルトは一歩、また一歩、別れを惜しむようにヤマトの方を向いたまま後ろ歩きで進む。
ヤマトは笑ってそんなナルトを見送る。
ナルトは入口の所で振り切るように向きを変えると、そのまま廊下を走っていった。高らかに足音を立てて走るから、本当にどんどん遠くに行ってしまっているんだとヤマトに教えているようだった。
小さくなっていく足音がまた淋しい気持ちにさせる。
ヤマトはまた小さく溜め息をついた。
「もしもあの時、ボクが君の背中を押してあげなかったら、今頃どうなっていたのかな……」
かつてカカシとの事で泣いていたナルトの姿が蘇る。
自分に縋って泣きじゃくるナルトに、ちゃんとカカシを向き合うように叱咤したのはヤマトだ。
もしそこで優しく甘く慰めていたら?
……なんて考えても仕方ないけれど。
ヤマトはまるで読んでいた本を閉じるように、そこで自分の感情に蓋をした。余計な事を考えないように。
ナルトとの事はそこで終わり。
ナルトとの物語はこれで終わり。
ナルトは、カカシと、物語を紡ぐのだから。
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08.03.03
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