アレティエ子作り部屋

□ベルかこ以前、ベルかこ以後。
1ページ/1ページ

その時、トレミーの通路にはロックオンしかいなかった。角を曲がった時、ロックオンは通路にうずくまるティエリアの姿を見出だした。
「おい、どうした、ティエリア」
「…何でもありません…少し気分が悪いだけ…」
いいさしたティエリアの喉がうぐっ、と鳴る。吐きかけているのだ。
ロックオンは慌てたが、すぐに近くの男子トイレへとティエリアを連れていこうと決めた。ロックオンの危惧した通りの事情なら、ティエリアを男子トイレに連れていくのは躊躇われたが、女子トイレには距離があったしロックオンがティエリアを連れて女子トイレに入るのはもっと気が引けた。
「しっかりしろよ。今、トイレに連れていくからな」
幸い、普段からティエリアは男子トイレを使用していた。それを今まで疑問視しなかった自分達もどうかしていた。そう思いながらも、ロックオンはティエリアをそっと立たせて男子トイレに連れていった。

ティエリアは手洗い場で、しきりに吐いている。ティエリアの背を摩りながら、この緑色がかった吐瀉物に見覚えがあるとロックオン―――ニール・ディランディは思った。
遥か昔、まだ双子の弟との二人兄弟だった頃、母がこんな吐瀉物を吐いていた。
『母さん、どうしたの。具合悪いの?』
母の背を摩りながらニールが聞くと、青ざめた顔をしながらも母は微笑んで、ニールに優しく答えた。
『心配ないのよ、ニール。貴方とライルに弟か妹が出来るのよ』
それから、何ヶ月もかけて大きくなった母のお腹を、ライルと二人で両側から摩って胎児の鼓動を聞いた。母のお腹に頬を押し当てると、未だ見ぬ妹が軽く蹴って来た。
ある朝、父が母を連れて病院へと行った。夕方父に呼ばれて病院に着いたニールとライルは、母の隣にあるベビーベッドにちんまりと寝ていた赤ん坊に目を輝かせた。
『貴方達の妹よ。名前はエイミー』
その日から、ディランディ家の二人兄弟は三人兄妹になった。
小さなエイミー・ディランディ。どんなにニールは彼女を愛した事だろう。あの忌まわしいテロで両親と妹の命が奪われるまで、ニールはよき息子よき兄であり続けた…。 「…ロックオン?」
ティエリアが弱い声で問い掛けて来て、ロックオンは『今』に戻った。ロックオンは笑顔を作ってティエリアに聞く。
「具合はどうだ。吐いて少しはすっきりしたか?」
「ええ…大分良いです」
ティエリアが口を濯いで、ハンカチで口元を拭う。ロックオンは静かに問い掛けた。
「ティエリア、お前…アレルヤの子供を身篭ってるんじゃないか?」
「違う!」
即座にティエリアが否定した。顔色が悪いのに、ティエリアはきつい表情でロックオンに食ってかかるように告げた。
「俺は男なんだ。あいつとの間に…生み出せるものなど…何も、ない!」
「本当にそう思ってるのか?身篭っている自覚があるんじゃないか?」
「違う!…違う!アレルヤの…子供など、授かる筈がない…!」
必死に否定するティエリアに、ロックオンはふに落ちた思いがした。ティエリアはアレルヤに惹かれている事、それ自体を否定したいのだ。ただガンダムマイスターとしての自己を全うさせる為に。
その為に否定される胎児が可哀相だ…とロックオンは思った。
「自分の想いまで否定することはないぜ。ガンダムマイスターだから、人を愛したらいけないって事はないだろう?」
現に、二世代目のマイスターはフェルト・グレイスの両親だったという。イオリア・シュヘンベルクの思想を受け継ぐ為に、CBのメンバー同士の恋愛や婚姻はおおっぴらでないにせよ、奨励されている。ティエリアがアレルヤと愛し合って、何の不都合もない。
あるとすれば、あまりにも生粋のガンダムマイスターであり過ぎるティエリアの心の有りようにある。
「お前がアレルヤの子供を身篭っていると知ったら…アレルヤが態度を変えると思ってるのか」
ティエリアがぴくりと肩を聳やかした。
「アレルヤはそんな男じゃねえよ。それを分かっていて、お前はアレルヤに恋したんじゃないのか?」
ティエリアは何も言わなかった。ハンカチを握りしめ、俯いたティエリアはロックオンに告げる。
「この事は…しばらく、誰にも言わないで下さい。アレルヤにも…」
「ああ、分かってるよ」
ロックオンはティエリアを置いてトイレを出た。溜息を吐いてロックオンは天を仰ぐ。
子供。自分には到底授からない存在。自分の愛した相手が男だからだ。
刹那・F・セイエイ。ロックオンの唯一無二の恋人。彼との間に子供は出来ない。刹那が女だったら、きっとロックオンは刹那に子供を生ませる事を躊躇わなかっただろう。
それくらい刹那を愛してる。だけど、刹那が子供を生めないからと言って愛した事実が変わる筈もない。ロックオンが愛したのは、男女の理非曲直を超えた刹那という存在だからだ。
ティエリアはおそらく、身篭っていても戦場に出るだろう。ティエリアのお腹の子供を守ってやらなければ。
ロックオンは、ティエリアの子供を守る事でかつてのエイミーを、そして生まれる事のない刹那との子供を守るような気持ちになっていた。

「かあさま、あのね、べるね、とうさまとけっこんするの!」
小さなベルベット・アーデが、母親であるティエリアにうれしげに告げる。ティエリアは三歳児の言葉に微笑んだ。
「ええー、ベル、ちょっと…!」
父親であるアレルヤは、娘の言葉を大真面目にとって慌てている。食堂で珍しく一緒になったロックオン―――ライル・ディランディが面白そうに笑っていて、刹那は無表情だが親愛の情を込めた眼で若い一家を見つめている。
ベルベットが続けて、はしゃぎながら言う。
「あのね、それでね、べる、ろっくおんとせつなともけっこんするの!」
「おいおい、その歳で重婚かよ」
ロックオンが苦笑する。刹那が真剣そうに悩んでいたが、やがてベルベットの方に身を屈めて告げた。
「済まない、ベルベット。俺は一生誰とも結婚するつもりはない」
「ええ〜…!?」
ベルベットが不服そうに拗ね、次いでロックオンに視線を向ける。ロックオンはぬけぬけと言い放った。
「悪いな、ベル嬢ちゃん。俺も一抜けだ。俺は、一人の女に縛られないタチでね」
ベルベットが最後の頼みの綱という感じで、父親を見上げる。アレルヤは苦笑気味に愛娘に告げた。
「ごめんね、ベル。ベルと父様じゃ結婚は出来ないんだよ」
「どうして、べるととうさまじゃけっこんできないの?」
訝るベルベットに、ティエリアが説明する。
「ベルベット。父様とベルベットで結婚して子供が出来たら、それが子供なのか孫なのか分からなくなるだろう?だから、諦めなさい」
「う〜…」
なら、子作りしなければ良いという考えにも及ばず本格的に拗ねてしまった娘を抱いて、ティエリアは笑った。
「今焦って結婚相手を探す事はない。ベルベット、時が来れば、君にも愛し合って暮らせる相手が現れるとも」
「ティエリア…」
アレルヤが心打たれたという表情で、ティエリアを見ている。ティエリアは心温まるのを感じた。
(ロックオンはあの時、僕ばかりでなくこの娘の命も救ってくれた)
彼に救われた命だから、アレルヤを愛せて、ベルベットを慈しめる。
生きていてよかった。アレルヤを愛してよかった。ティエリアはベルベットを抱いてそう思った。

H23.11.01

後書き
ベルたん懐胎時と、アレルヤ奪還後のお話です。ベルたん気が多い!(笑)
兄貴は死んでも皆の指標ですな…。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ