ガンダム00部屋5。

□乙女の祈り。
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ツインテールを解いたウエイビーな髪をカチューシャで飾り、ミレイナは「えへへなのですぅ」と鏡の中の自分に笑いかけた。
背丈も伸びて、髪も昔よりは伸びて、ミレイナは大人の階段を少しずつ昇り始めている。
洗面所から戻ると、ミレイナはデスクトップの端末を起動させる。程なく検索画面に目当てのサイトを呼び出して、ミレイナはゴクリと息を呑んだ。
「大人の第一歩ですぅ…」
呟いたミレイナは、『あなたは18歳以上ですか?』と書いてある画面の『YES』をクリックした。
横たわる人間の姿が、少女の双眸に飛び込んで来る。
「…!」
ミレイナは口元を右手で押さえると、部屋を飛び出した。

フェルトはその時自室に帰りかけていたのだが、不意に扉を開けて飛び出してきたミレイナを避け損ねて正面から衝突した。
「痛っ!」
「ひゃんっ!」
フェルトの豊かな胸に突き当たったミレイナが奇妙な声を上げる。フェルトは衝突のショックが双方に傷を負わせるようなものではないと確認すると、ミレイナの肩に手をやってそっと自分から引きはがした。
「いたた…どうしたの?ミレイナ」
「うう〜…グレイスさん…」
ひくひくとミレイナの肩が揺れる。泣いているのだ。
フェルトは少々驚いたが、すぐさま年長者としての落ち着きを見せてミレイナに笑いかける。
「ミレイナ、何か哀しい事でもあったの?私でよければ、相談に乗るわよ」
「グレイスさん…」
ミレイナの大きな瞳から、また涙が零れる。震えていたミレイナの右手がフェルトの左手を取り、無言のままミレイナ自身の部屋の方へ引いて行く。
扉が開いて端末の画面が目に入った瞬間、フェルトは青ざめてデスクに駆け寄り、その画面を消すよう操作した。
沢山の人間が横たわる光景…二年前の、アロウズによるカタロン本部の虐殺の光景がフェルトの操作で消える。
すっかり残酷な光景が消え去ると、フェルトは溜息を吐いて背後で立ちすくむミレイナに向き直る。ミレイナはぐすぐすと鼻を鳴らしていたが、フェルトが自分を見てくれるのに安心したように少しだけ肩の力を抜いていた。
「…ミレイナ、どうしてあんな情報を見ようとしたの?あれは18歳以上の年齢でなければ見れないよう、ヴェーダの規制が入っていた筈よ」
叱るよりも優しく諭す口調で、フェルトはこの頃大人びて来た妹分に語りかける。ミレイナはポケットティッシュで鼻をかむと、照れ臭そうにフェルトに頭を下げる。
「グレイスさん、ごめんなさいですぅ。ミレイナは歳をごまかしてあのサイトを見たですぅ」
謝るミレイナの表情には、だが断固として動かしがたい決意の色が見て取れた。誰に何と言われようと、あの虐殺の事実を知らずにいられないのだという決意の色が。
フェルトは優しい沈黙を保ち、ミレイナが言いたい事を全部吐き出すのを待つ。ミレイナは更に告白を続ける。
「ミレイナは早く大人になりたかったです。大人になって、どんな酷い戦いの後でも『ミレイナは見ちゃ駄目』って皆さんに庇われないで済むくらい大人になりたかったです。だから、だから、あの虐殺の事もちゃんと知らなきゃと思って…」
「…あのサイトを見ようと思ったのね?」
「はいですぅ…」
うなだれたミレイナにフェルトは手を差し延べ、優しく胸の中に抱きとってやる。幼子が母親に縋るように、ミレイナがフェルトの胸に縋った。
ミレイナは一刻も早く大人になって、自分達と同じ光景を分かち合おうとしてくれたのだ。フェルトには、ミレイナのその祈りにも似た決断が何よりも健気に思えた。
フェルトはミレイナの茶色い巻き毛をぽんぽんと軽く叩いて心の蟠りを解いてやり、穏やかに微笑みながらミレイナに教える。
「ミレイナ…何も、恐ろしい事や辛い事にむやみに直面することだけが大人になるって事じゃないのよ。辛い出来事をまともに見るのは、辛い事に耐えられる心の強さを得てからでも遅くないのよ」
「グレイスさん…」
「ミレイナはまだ16歳じゃない。16歳なのに18歳の分別や落ち着きは、まだ得られる訳ないでしょう。後二年経ってから…それから全てを知っても決して遅くはないと思うよ?」
ミレイナがフェルトを一心に見上げる。ややあって、ミレイナはフェルトの腕の中から出てきちんとフェルトに向き合った。
「ありがとうなのです、グレイスさん」
「ミレイナ」
「ミレイナが間違ってたのです。ミレイナはすぐには大人になれないのです。ミレイナはズルしようとしたから、怖い思いをしてしっぺ返しされたです」
ミレイナが少しだけ大人っぽく笑う。
「大人と同じ物を見るのは、とりあえずお預けですぅ。ミレイナはちょっとずつ大人になるです」
「その意気よ、ミレイナ。頑張ってね」
「はいです!」
ミレイナが上げた手に、フェルトはハイタッチしてやる。
ミレイナが大人になるのは、そんなに待たないで済むだろうとフェルトは思った。ミレイナの進んでいる道は、かつてフェルトも進んだ道だから。
ミレイナが明るさを取り戻して端末の電源を切っているのを見ながら、フェルトはひっそりと決意した。
(もう少ししたら、髪を切ろう。昔の事を引きずり続けるには時間が経ちすぎたし、新しい出会いも沢山あった)
まだポケットにはクリスとお揃いの髪留めが入っているのだけど、フェルトは居るのか居ないのか分からない神様に祈った。
(どうか、ミレイナが大人の女性になる時間が戦争なんかで破壊されませんように)

乙女の祈りは叶えられた。
ミレイナ・ヴァスティとフェルト・グレイスは、人類最後の闘いを生き延び、人類がイノベイターに進化してゆく未来を生きる事になる。

H24.11.17

後書き
ダブアタ原稿前のリハビリに書いてみました。ミレイナとフェルトの乙女コンビは大好きです
私には珍しく、すごく清らかな話になりました…。こんな乙女度数高い話を書いたの初めてだよ!(笑)
やっぱ好きだ00…。



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