ガンダム00部屋2。

□生牡蠣(なまがき)は妄念の味。
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アイルランドの夜は深い色をしている。黒い柱に銀の手摺りや床という近代的な意匠のこのオイスターバーの客も店員も料理も、皆、アイルランドの夜色だ。とロックオンは思う。
今夜のこの夜を彼と分かち合うのは、年若い恋人である刹那ではなく、マイスターの同志として信を置くアレルヤ・ハプティズムである。むろん、色めいた意味ではなく、ロックオンは故郷アイルランド特産の生牡蠣をオイスターバーで賞味したいのに、酒の付き合いをさせるには刹那や、アレルヤの恋人のティエリアは未だ若く、必然的に年齢の近い成人のロックオンとアレルヤで飲みに行く機会ばかりになるのだ。
まあ、二人とも色々と難しい恋人から開放されて自由に飲む機会はありがたいとも思っていたのだが。

上等の白ワインで口内を湿して、生牡蠣にレモンを振り、つるりと含む。なんとも言えない極上の味わいが舌を滑って行く。
「美味いか?」
「はい、とても…」
トレミーのメンバーの中で一番舌が肥えているのはティエリアだともっぱらだが、そのティエリアにお菓子を作ってやっているアレルヤもたいした舌の肥えっぷりで、彼に一度美味い物を食わせれば、後々更に美味な物になってお返ししてくれるという。別段それを期待している訳ではないが、アレルヤに美味を味わせるのはロックオンの趣味の一つになってもいる。
と、アレルヤが少し含み笑いをした。
「おいおい、どうしたよ」
「いえ…実は、ティエリアが…ね。言うんですよ…」
くすくすと思い出し笑いをしたアレルヤが、声を潜めてロックオンに耳打ちする。
「『貝類は、女性器に似ているから、食べたくない』って…。ティエリアってば、言う事すごいですよ…」
「なんだ、そりゃあ」
ロックオンも思わず笑う。人がましくないマイスターの生々しい発言が、何とも可笑しかった。
「でも、安心しましたよ」
「?何がだ?」
アレルヤが笑いを納めて、ワインを口にする。ロックオンもワインで口を湿した。
店内のBGMが「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」から「死刑台のエレベーター」のテーマに変わる。20世紀のオリジナル版ではなく、23世紀にリメイクされた方のテーマ音楽だった。
「ティエリアにも、そういう人間らしい妄想というか、生々しい妄念があるんだって思ったら、やけに安心出来ますよ」
「まあ…気持ちとしては分かるな」
ロックオンはもう一つ生牡蠣を口に含んだ。海の味が濃厚にする。
「物を食べる瞬間ってのは、一番官能的な瞬間らしいからな」

プトレマイオスに帰っても、ロックオンは妙にその会話を忘れる事は出来なかった。

「ほら、刹那。あーん」
レモンを振った生牡蠣を摘まんで、ロックオンは年若い恋人の口元についと差し出す。赤い瞳が真っすぐにロックオンを見つめている。自分を呼び出して生牡蠣を食べさせようとする年上の男の行動の奇異さを詰るでもなく、ただ見つめている。
小さな口がゆっくり開いて、中に生牡蠣が滑り込んで行く。そのモーションが何故だかやけに色っぽい感じで、ロックオンは唾を呑んだ。
「なあ、刹那。生牡蠣を食うと、色っぽい気分にならねえか?」
「ならない」
丁寧に咀嚼して生牡蠣を食い終わった刹那が、ロックオンの言葉を真っすぐ否定する。片方の眉を吊り上げたロックオンは、『シャムロック』というミント基調の手製のカクテルで口を湿した。刹那が飲んでいるのはやはりロックオンが作った、ミルクに数滴のミントを垂らし、砂糖を交ぜたノンアルコールカクテルである。
「可笑しいな?牡蠣には…媚薬効果があるって聞いたんだけどな?」
「…」
刹那は何も言わない。けれど、浅黒い肌に少しだけ血の色が注したのは気のせいではない。
「なあ…刹那。今、俺が色っぽい気分なのは、生牡蠣のせいなのか、目の前にお前が居るからなのか、どっちだろうな?」
「そんなのは…知らない」
平淡そうな声の中に、悦びを期待するおののきがある。
ロックオンはグラスを床に置く。生牡蠣が並んでいた皿は、最後の一個を刹那に食べさせたので空だ。空の皿を床に降ろして、向かい合いベッドに腰掛けていた二人の距離を詰める。
抱きしめて接吻を贈った刹那の唇は、悦びを待つ海の味がした。

H23.01.25

後書き
去年からずっと書きたかった「マイスターズと生牡蠣と妄念」という三題話。マイスターズは食べ物絡みの話を書き易いなあ。
牡蠣に媚薬効果があるって聞いたのは、何処でだっただろうか…?



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