ガンダム00部屋2。

□煙草の火。
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ニール・ディランディには無性に煙草が欲しい夜がある。武力介入で叩きのめした相手が作業用MSに毛が生えた程度の武装しかしていなかった時。自分達の行動がただのテロと同じなのかと思わされる時。恋人である刹那にさえ自分の心の傷に触れさせられない夜は特に。
今夜も無性に煙草が欲しかった。普段酒は飲んでも煙草は吸わない自分が不思議な話だが、煙草を吸いたいと思うと、ニールの舌には一度も吸った事のない煙草の味が蘇る。吸った事が皆無なのに「蘇る」とは奇妙な話だが、或いは、双子の弟のライルが煙草を吸っているのかも知れない。
双子のシンクロニティなどニールは信じていなかったし(そんな物があるのだとしたら、幼い時にこれほどライルとの心の距離を感じる事はなかったろう)、ライルが煙草を吸う嗜好があるのかさえニールは知らないのだけれど。

ベッドの上で、吸っていない煙草の見えざる紫煙とある筈のない味を反芻しているニールの隣で刹那が寝返りを打つ。
今夜の刹那は抱かれながら(ニールの傷を知る筈も無いのに)何処までもニールの不可視の傷に添いたげなそぶりを見せたのだが、ニールはそれを拒んで刹那を無理矢理高ぶらせて追い上げて何度も頂点まで押し上げて、揚句に気絶させた。
常日頃、滅多に自分に寝顔を見せない刹那が今夜は流石に疲れ果てた寝顔を晒している。ニールの胸は罪悪感で痛んだが、年若い恋人に不用意に自分の傷に触れて欲しくはなかった。
ニールは心のどこかで、年若い恋人に自分と同じ懊悩を背負って欲しくないと願っているのかも知れなかった。
刹那に自分の本当の名前、ニール・ディランディの名を教えて、ただ無心に抱きしめて欲しいと願えば刹那はそれを叶えてくれるかも知れない。それが出来ないのはCBの守秘義務からではなく、やはり未だ血を流す自分の傷に触れて欲しくはなかったからだ。
自分の傷に触れれば、刹那まで汚してしまいそうで、ニールは恐ろしかった。
ニールは寝息を立てる刹那の背中にブランケットをかけて、口中に広がる煙草の味を反芻する。
一度も味わった事のない煙草の味を。
煙草の火は…両親と妹を焼いた炎にとても似ている。

ライル・ディランディは、出張先のホテルのベッドで寝煙草をふかしていた。隣には、三流ポルノに出て来そうな金髪に小麦色の肌の肉感的な女が寝ている。天井を向いて紫煙を吹き付けながら、ライルは隣の女の名前がナタリーだったかイザベラだったかと思惟を巡らす。だが、ライルには本当はそんな事はどうでもいい事である。
優秀な若手商社マンである事も、それのおまけとして、こうして世間では「いい女」の部類に入る女とかりそめの情事を持つ事も、ライルには実はどうでもいい事だ。
両親と妹が死んで何年も経つ。テロの現場には居なかったのに…その場を見ていたのは双子の兄のニールだというのに、ライルの胸には両親と妹を焼いた見た事のない炎の色が焼き付いて離れない。
普段は、家族の死に心動かされていない「いかにも現代人なライル・ディランディ」を装っているライルに、こんな面が有るのを同僚も上司も一時の情事の相手も…誰も知らない。
多分ライルの中には、自分でも忌避すべき荒ぶる魂が眠っていて、こんないつもより煙草の欲しい夜は、その魂が目覚めて咆哮する。欲しいのは怒りの衝動に任せた、MSのスピードみたいな疾走感。欲しいのは、過去も未来もなく自分と底無しの生死のエロスに縺れ込める、抜けるように白い肌の熱い女。
煙草の火は、見た事のない炎に似ている。そして、見た事のない女の瞳に似ている。それを欲する自分も多分、「普通」では有り得ない。
寝返りを打った女が目覚めてお愛想に笑うのに、内心の煩雑さを抑えてライルは煙草を吸う。夢想する女の素晴らしさに比べて、現実にナンパ出来る女なんて、なんとつまらないのだろう。
「素敵だったわ。今度会う時は、毛皮の飾りのある手袋をお土産に持って来てくれたら、もっとサービスしちゃうわ」
「ありがたいね。…エルミーネ?」
「嬉しいわ。名前、覚えてくれたのね」
「きわめつけの女ならね」
嘘だ。本当は今、たまたま思い出しただけなのだ。
この女は、ホテルを出たら反体制主義者が弾圧される現実がある事等考えた事も無いのだろう。幸せな女。腑抜けた幸せの中の溺死体みたいな女。
(ああ、もっと煙草が欲しい)
煙草の火は、未だ知らないエロスとタナトスの味がする。

H23.02.11

後書き
長々と痛い話ですみません。00だと痛いシリアスを書きたくなる周期が来ます。
今夜の私は「ロックオン」ではなく、ディランディ兄弟を書きたい気分です。
二人にとっての煙草の火がこんなこじつけ解釈なら、ディランディ兄弟の業の深さが一層増す気がします。



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