きつねとちき部屋。

□とちきとの翌朝・A。
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初冬の朝の涼やかな風が頬を撫でてゆく。一瞬後に針先で刺す程に微かな寒気がして、十兵衛は小さく身震いした。
「俊樹、寒くないか」
「だいじょぶなの。じうべのおてて、あったかいの」
手を繋ぎ、共に歩きながら子狐が笑う。大きな尻尾をふりふりしつつ、俊樹は十兵衛に寄り添った。
そろそろ、下層階は朝市が立つ時間帯だった。忙しく立ち働く大人達に邪魔っけにされた子供達が、二人を見つけて駆け寄って来る。
「おはよー、十兵衛さん!」
「おはよう。今日も皆、元気そうだな」
「そいつ、何?」
一人が指差すと、次々と近寄ってきた子らが騒ぎ出した。
「十兵衛さんが飼ってんの?」
「犬?犬?」
その一言にむっとしたらしい俊樹が十兵衛の前に駆け立つと、大声で言い返した。
「わんわとちがうの!とちき、きちゅねなの!」
「わっ、しゃべったぞ、こいつ!」
「しっぽ、ふかふかそう〜vv」
「触りたい!触らせて!」
「やー!」
十兵衛が止める暇もあらばこそ、子供達はわっと先を争って俊樹を撫でくり回し始めた。もみくちゃにされた俊樹は途端にパニックに陥り、ざかざかと十兵衛の頭の上まで駆け登った。
「降りといでー、狐ちゃーん」
「しっぽ、触らせてー」
「俺、耳触りたいー」
好き勝手を言う子供らから庇うように、折り畳んだ段ボールで頭頂部にしがみついた俊樹を覆い隠した十兵衛は、懸命に手を伸ばし背伸びをする悪童予備軍の群れを宥め始めた。
「そんなにこいつを撫で回さないでくれ。いきなりで怯えている。後でまた改めて紹介に来るから、その時は友達として遇してやってくれ」
「うん、わかったよ」
「狐ちゃん、バイバイ〜」
三々五々散って行く未来のジャンクキッズ達の後ろ姿に溜息して、十兵衛は頭上の俊樹に声をかけた。
「もう大丈夫だ。みんな、乱暴はしないから」
「やー…」
ぐずる俊樹は、いきなりの襲撃が余程怖かったらしく、十兵衛の頭から降りようともしない。十兵衛は今一度溜息をついて、歩き出した。

「十兵衛が頭の上に狐を乗せてるって報せ、本当だったんだね」
下層階の若き主は、チョコバーをかじりつつ可笑しそうに十兵衛と、ようやく十兵衛の頭から降りた俊樹を見つめた。俊樹はきょとんとして、モニタールームを見回したりMAKUBEXの匂いを嗅ぐようにふんふんと鼻を鳴らしていた。
「さあ、子狐ちゃん、こっちにいらっしゃい」
朔羅が手を差し延べると、かぁっと頬を赤く染めて十兵衛の後ろに隠れてしまう。
「照れ屋さんだね。子狐クン」
「MAKUBEX、実は、この子を俺の元で養いたいのだ」
うりうりとかじりかけのチョコバーで俊樹を差し招いているMAKUBEXにきまじめな表情で十兵衛が告げると、無限城の電脳と呼ばれる少年は悪戯っ子のように笑って年上の部下を見上げた。
「十兵衛。君、小さい頃捨て犬とか拾ってきて親に怒られたくち?」
「…俊樹は…ペットのように扱うつもりはない。俺の実の子として育てる」
真摯な声を受け流してまたチョコバーをかじるMAKUBEXは、ぴっと人差し指を立てて断言した。
「なら、まず源ジィの所で検査を受けさせて。変な病原菌とか持ってないか調べるようにね」
『検査』と聞いて、それまでおとなしくしていた俊樹がびくっと身を震わせると、大きな声で言い立てた。
「ちゅうちゃ、や!」
「おや、『検査』って言葉で即座に『注射』を連想出来るんだね。賢い賢い」
しっかりと十兵衛の足にしがみつき離れない俊樹を宥めすかそうと、十兵衛は金色の小さな頭を優しく撫でた。
「俊樹、源水翁の所は漢方医だから注射は無いぞ?」
「ほんと?ちゅうちゃ、ない?」
「ああ、本当だとも」
「ほんとにほんと?」
「侍に二言はない」
「にごん?」
「嘘は付かぬという事だ」
親子らしいやり取りの末、俊樹は十兵衛の手を掴んで言った。
「じうべもいっちょなら、いくの」
「よし、良い子だな俊樹」
軽く抱き上げてやると、きゅっきゅと笑って子狐が首っ玉にしがみついて来る。呆れたように頭を掻いた少年王は、朔羅と顔を見合わせながら呟いた。
「ま、いっか」
「では、今の内に行ってらっしゃい。もうすぐ笑師が来るから、後でその子の顔見せもかねてお十時にしましょう」
「分かった、行ってくる。後は頼む、姉者」
「いってきまちゅなの」
手を振る俊樹に、残る主従も手を振り返した。

「さて、花月クンに教えてあげようか。十兵衛が子持ちになったってね」
「花月様なら、今は仕事が無い時期ですからすぐにやって来ますよ」
「お十時、もう一人前追加しといてよ、朔羅」
取り出されたケータイは、いましがた撮ったばかりの俊樹の姿が待受画面にされていた。

更に続く…。
 

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