きつねとちき部屋。

□ともだちひゃくにんできるかな。
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子狐の俊樹を拾ってから一月程経つが、周囲の大人達とは上手くやれても、子供達には馴染めない。それは、保護者たる十兵衛の悩みの種だった。
ロウアータウンの子供達は皆、俊樹を見て可愛い可愛いと褒める。だが、どういう育てられ方をしたのか、子供なら当然知っている筈の鬼ごっこや隠れんぼ、缶蹴り等の遊びを俊樹が一切知らないと分かると、距離を置かれてしまうのだ。
「確かに僕も、十兵衛に会うまでは鬼ごっこも隠れんぼもした事なかったけどね」
と言う花月も、その遊び自体を全く知らない訳ではなかったし、
「俺も、無限城に来るまでは缶蹴りを知らなかった」
と言う十兵衛も、ただ単に故郷が缶ジュースの自販機が設置されていない秘境だったからという言い訳が立つ。
しかし、これから下層階で育つであろう俊樹が子供らしい遊びを出来ないまま尻込みしているのでは、確実に情操に良くない。
「分かった。あの人を呼ぼう」
MAKUBEXは、ひそかに断を下した。

その日、俊樹はいつもより念入りに長めの髪を梳かれ、丁寧に身支度を済ませられた。
「じうべ、きょう、なにかあるの?」
子供心にも何かあるのだと悟ったのか、俊樹が不思議そうに聞いてくる。金色の髪を結んでやりながら、十兵衛は優しく答えた。
「今日は、俊樹の友達になってくれるかも知れない人が来るからな。身奇麗にしなければな」

俊樹が十兵衛に手を引かれ、いつものようにモニタールームに現れると、いつもと違う顔触れが俊樹を迎えた。
MAKUBEXや朔羅、笑師がいるのはいつもの事だが、今日はツンツンと黒髪をウニ状に突っ立てた見知らぬ青年と、その連れが居た。
俊樹がぽかんと二人を見遣ると、俊樹と同じ位小さな連れのほうがくるんと振り返って、肉球のついた手を振った。俊樹と同じ、子狐の手を。
「やーほー」
のほほんとした顔で、俊樹よりは少しふくよかな子狐が挨拶する。俊樹は傍らに立つ十兵衛を仰ぎ見ると、問いを投げ掛ける。
「…きちゅね?」
「そうだ、俊樹。お前と同じ、狐だ」
「たぬきとちがうの?」
どうやら、相手のふくよかな体型を疑問視したらしい俊樹の問いに答えたのは、当の狐だった。
「たぬきとちがうよ〜。ほら、しっぽにしまがない〜」
そう言って太い尻尾を前に回して見せるのに、俊樹は用心深くふんふんと匂いを嗅ぐ。すると、やはり尻尾を触られるのが嫌なのか、ふくよか狐は一旦は見せた尻尾をぴょいと後ろに返してしまう。俊樹が尻尾を追い掛けて後ろに回ると、更にぴょいと尻尾が逃げる。更にまた俊樹が追い掛けると、今度は俊樹の尻尾が子狐の目の前に来る。
自分のものに負けず劣らずふさふさした尻尾に心惹かれてか、子狐もふんふんと匂いを嗅ぎ出す。それに気付いた俊樹は、嫌そうに尻尾をぴょいと後ろに回す。やがて二人の子狐は、互いの尻尾を追い掛けてぐるぐると回り始めた。
「きゅっ、きゅっ、きゅっ…」
「うきゅっ、うきゅっ、うきゅっ…」
しきりに小声で鳴き交わしながら、追い掛けっこは続く。それを打ち切ったのは、煙草をふかしながら見物していたウニ頭の青年の一言だった。
「おい、銀次。大概にしとけよ」
「あい〜、ばんちゃん」
途端にぴたりと追い掛けるのを止めた銀次という名前の子狐は、ぽてぽてと青年に駆け寄った。
「改めて紹介するよ。この人は天野銀次。俊樹と同じ、狐の人だよ」
「おれ、あまのぎんじ〜。よろしく〜」
「…うりゅーとちきなの!よろちくなの!」
MAKUBEXに紹介されてにこやかに自己紹介する銀次に対して、俊樹は緊張した声で返した。
「ちなみに、こっちの人は美堂蛮。銀次さんの保護者で、奪還屋」
「よろしくな、子狐」
フーッと息を吐いて、煙草の煙りの輪を作る蛮を、俊樹は目を丸くして見ていた。煙草を吸う人間を身近に見たのは、初めてだったので。
「今日からこの二人…奪還屋GetBackersが、君のあらかじめ奪われた子供時代を奪り還してくれるよ」
「ようは子守じゃねーか。ホントにこれが奪還か、パソコン坊や?」
「だからお二人にお願いしたんだ」
下層階の若い主は、念入りに駄目押しする。
「という訳で、俊樹をお願いしますね」
彼の意図を知ってか知らずか、銀次は俊樹に親しげに語りかける。
「とちき〜、あしょぼ〜。おにごっこしよ〜」
「おにごっこ、ちらないの…」
恥ずかしそうに言う俊樹に、同じ肉球を持った手が差し延べられる。
「だいじょ〜ぶ〜。おれがおしえたげる〜」
俊樹は差し出された手を見、十兵衛を見る。十兵衛は力強く頷いた。
子狐の手に、子狐の手が重ねられた。
「おにごっこ〜」
二人のきつね幼児は、広いモニタールームを駆け回り出した。

さて、どうなります事やら…。

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