アレティエ子作り部屋

□姫君はマザーグースを歌う。
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その夜、マリナ・イスマイールはCBの母艦の中を少しだけうろうろしていた。慣れない戦闘母艦の部屋でなかなか寝付けず、散歩すれば気も紛れるだろうかと考えての事だったが、艦内中央部に近くなるにつれ、子供の泣き声が聞こえて来た。そして、刹那の声も。
マリナは足を早めた。

居住区のティエリアの部屋の前で、刹那とアレルヤとティエリアに囲まれるようにして、幼いベルベット・アーデが床に座り込みバタバタと手足を振り回して駄々をこねていた。
「いやー!」
「ベル、ほら、刹那と一緒にねんねして…」
「いやー!」
「ベル、今夜だけお願い。ね?」
「いやー!」
「ベル…明日、おやつにパンナコッタ作ってあげるから」
「いやー!」
「ブルーベリーソースのパンナコッタだよ?美味しいよ?」
「いやー!」
アレルヤとティエリアは普段どちらかの部屋で、ベルベットも一緒に三人ぎゅうぎゅう詰めになってシングルベッドで就寝するのだが、そこはそれ若い二人だし、恋人同士として過ごしたい時もあり、そういう時はトレミーのメンバーが替わりばんこでベルベットを預かるという訳だ。メンバーには二人が盛っている(笑)事が丸分かりな訳だが、やっている事はテロに近くても人情は失っていない人々であり、ベルベットが愛らしい幼児である事も手伝って、皆、彼女を喜んで預かっていた訳であった。
今夜も刹那が預かる筈だったのに、刹那が迎えに来たと思ったら急に、ベルベットがむずがり出した訳である。
刹那は無表情だったが、(俺と一緒に寝たくないのか…)というショックを受けているのは明白だ。刹那は自分の手が血に汚れ過ぎて、幼児を抱っこする資格などない事を悟っていたので。
「ベルベット、いい加減聞き分けないか」
「いやー!」
「ベルベット!」
「いやー!」
困り果てたアレルヤに替わり、ティエリアが説得に掛かったが、ベルベットはいやいや言うばかりだった。もはや、何が嫌なのか自分でも分からなくなっているのかも知れない。ティエリアは柳眉を吊り上げ娘を叱り付けようとしたが、横合いからかけられた物柔らかな声に怒声を止めた。
「あの、もし、よろしければ…私がお子さんをお預かりしましょうか?」
「マリナ…」
刹那の目が、緊張を解いた。慌てたのはティエリアである。一国の皇女に我が子の面倒を見させるなど、とんでもない事だった。
「マリナ皇女、しかし」
「ベル、このお姉ちゃまとねんねするかい?」
「アレルヤ…!」
相手が国主だと考慮していないかのようなパートナーの言葉に、ティエリアは一層慌てた。アレルヤはそんなティエリアの気も知らぬようにのほほんとして、床に座り込んだ愛娘の顔を見下ろしている。
ベルベットは両親の顔を代わる代わる眺めていたが、マリナの方に視線を向ける。可憐なオッド・アイを受け止めたマリナは、幼子ににっこりと笑いかけた。ベルベットもにっこり笑って、床から起き出すとマリナが着ているジャージ状の服の裾にしがみついて宣言した。
「べる、このおねえちゃまとねんねする!」
「頼めるか?マリナ」
刹那が聞くのに、マリナは快く頷いた。ティエリアはまだ困惑した顔をしている。
「じゃあ、お願いします。マリナさん」
「マリナ皇女だ!言葉には気をつけろ!」
ティエリアはアレルヤの頭をぺしっとひっぱたいた。マリナはおっとり笑って「そんなに気を使って下さらなくてもいいです」と言い、マリナに抱き着いていたベルベットがきゃっきゃと笑った。

ベッドの上で、マリナは若い母親よろしくベルベットのパジャマを着替えさせてやる。こんな愛らしい幼児と一緒に過ごせるなんて、少し前の拘禁されていた自分の境遇を思い返して見たら信じられないくらいだった。
そして、CBに対しての見方もまた少し変化した。もっと厳格な組織だと思っていたが、こうして子供を作れる位には自由恋愛が許されているのだろう。
「まりなおねえちゃまのかみのけ、きれいー」
小さい手が、マリナの黒髪をつんつんと引っ張る。マリナは微笑んでベルベットの紫の髪を撫でた。
「ベルベットちゃんの髪も綺麗よ。紫のチューリップみたい」
「ありがとう。まりなおねえちゃま」
にこっと笑ったベルベットが、いきなりマリナの胸元にダイブする。
「えーいvv」
「きゃっ」
ぱふっと豊かな胸に顔を埋めたベルベットは、そのまますりすりマリナに懐く。
「ぱいぱいおっきいーvvきもちいいー」
「まあ」
マリナは顔を赤らめたが、彼女の羞恥心には頓着せず、ベルベットはマリナの顔を見上げて言った。
「かあさまのぱいぱい、あったかいけど、ちっちゃいの」
確かに、ベルベットの母親だろうあの少女(声は低かったし、少年みたいな体つきをしていたが)はまったいらな胸だった。
「そんな風に言うものではないわよ。お母様の胸は、いつでもベルベットちゃんを愛してるからあったかいのよ」
アザディスタンの皇女として君臨し、生涯男性に愛される事などないだろう自分がこんな豊かな体つきをしていて、男性に愛されて子供を産んだあの少女が少年みたいな体つきをしているというのは、いかなる皮肉だろうか。マリナはそう思ったが、ベルベットの前では言わなかった。
「まりなおねえちゃま、だいすき!」
きゅっとマリナに抱き着いたベルベットが、片頬をマリナの胸に埋めて歌い出した。
「はんぷてぃ・だんぷてぃ、へいのうえ♪はんぷてぃ・だんぷてぃ、どすんとおちた♪」
「あら、それは何のお歌かしら?」
「まりなおねえちゃま、まざーぐーすしらない?」
「ええ、知らないわ。どこのお歌かしら」
「いぎりすとあめりかのおうただってー。かあさまがおしえてくれたの」
マリナの育ったアザディスタンでは、音楽の教育はあまり近代的ではなく、西洋の俗な歌など習う事もなかった。母国から連れ去られねば、きっと一生知らないでいただろう。
「ベルベットちゃん、私にもそのお歌、教えてくれる?」
「はあいー。べるのあとについてうたってねー」
すっかりご機嫌なベルベットが歌い出す。
「はんぷてぃ・だんぷてぃ、へいのうえ♪」
「ハンプティ・ダンプティ、塀の上」
「はんぷてぃ・だんぷてぃ、どすんとおちた♪」
「ハンプティ・ダンプティ、どすんと落ちた」
「おうさまのすべてのおうまをあつめても♪」
「王様の全てのお馬を集めても…」

トレミーの夜に、姫君と幼児の歌が響いた。

←次頁、ティエリアの両性具有的肉体表現があります。
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