アレティエ子作り部屋

□兎と優しいテディベア。
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アレルヤは急いで廊下を移動していた。向かう先は、彼の私的パートナー・ティエリアの部屋である。
先程覗いた時は、まだティエリアは帰っておらず、二人の愛娘ベルベットが遊び疲れて昼寝していたので、ティエリアが戻るまでにとアレルヤは厨房でおやつのミルクプリンを作り始めたのだが、いい加減ベルベットも起き出す頃合いだろう。
「ベル、起きた?ミルクプリン作ったよー…って」
開いた扉から室内を覗き込んだアレルヤは、怪訝な顔をして続けた。
「…ベル、そんな隅っこで何してるの?」
ティエリアのベッドの隙間辺りに屈み込んでいたベルベットがびくっと反応して、父親へと振り返る。闊達な彼女らしくないおどおどした様子を見て、アレルヤは膝をついて娘と視線を合わせた。
「何かいい物でも隠してるのかな?」
ベルベットは戸惑いながら、アレルヤとベッドの隙間をオッドアイで交互に見遣る。どうやら、アレルヤの読みは当たってるようだ。
「見せて?」
アレルヤが優しく促すと、ベルベットは小さな声で聞いて来る。
「とうさま、おこんない?」
「おや、怒られるような物を隠してるの?」
そう言った後で、アレルヤは失敗したと思った。娘の母親似の可愛い顔が曇ってしまったからだ。
アレルヤは出来るだけ優しく笑って、ベルベットに両手を広げる。
「怒んないよ。ベルが何かいい物を隠してるなら、父様にも見せて欲しいなあ」
ベルベットの顔がぱあっと輝く。アレルヤの幼い娘はベッドの細い隙間に細い腕を突っ込んでもそもそやっていたが、やがて一羽の兎のぬいぐるみを取り出してアレルヤに差し出した。
「はい、とうさま」
「わあ、可愛いぬいぐるみさんだね」
「えへへえ〜♪」
照れるベルベットにアレルヤは微笑んで、ピンクの兎の小さなぬいぐるみを手で持つ。愛らしい風体のぬいぐるみは、だが右耳の途中辺りが破けて綿がはみ出ていた。
「ベルのお友達?」
「うんっ♪」
「お名前は何て言うのかなあ」
「うささん!」
「…兎だから?」
「うんっ♪」
「それ…母様が付けたお名前?」
「べるがつけたの!」
「ふーん…そうなんだ…」
愛娘のネーミングセンスに疑問を抱くアレルヤだった。
「お耳が破けてるね。綿が出ちゃってるよ」
そうアレルヤが言った途端に、またベルベットの顔が曇る。
「かあさま、うささんをすてなさいっていうの…」
ティエリアには普通の「幼少期」という物がない。「稼動」してすぐに外界に体を慣らす訓練を受け、実戦配備された過去があるのはアレルヤも薄々知っていた。幼少期の、ただのぬいぐるみを友達とするような時期を持たぬティエリアには、綿のはみ出たぬいぐるみはゴミみたいにしか見えなかったのだろうか。
アレルヤは片手でうささんを抱え、片手で娘の紫の髪の毛を撫でた。
「大丈夫だよ、ベル。この位なら、父様が治してあげられるよ?」
「ほんと?」
「本当だよ、ベル」
ベルベットは小さな体でアレルヤの逞しい体に力いっぱい抱き着く。
「とうさま、だいすき!」
アレルヤは笑って、愛娘を抱きしめた。

裁縫箱の中からいくつかの端切れを取り出して、アレルヤはベルベットに質問する。
「ピンクは生憎ないけど、赤と青と花柄の布は有るよ。どれがいい?」
「はながら!」
幼い指が示す赤い地に白の花柄が散った布を取り出すと、アレルヤは慎重にうささんの耳をそれで覆って抜い合わせて行く。ベルベットがワクワクした顔で見ている。
しっかり抜い合わせてみると、花柄とピンク地がまだしっくりと馴染まない。アレルヤは白のサテンの細いリボンをうささんの耳のつけねに結わえ、蝶々結びにして縫い付ける。今度はしっくりいった。
「はい、ベル、うささん治ったよ。もうお耳を引っ張ったりしないようにね」
「とうさま、ありがとう!」
ベルベットがうささんを抱えたまま、むぎゅうと父親の腕を抱え込み懐く。アレルヤは笑ってベルベットの髪の毛を撫でた。

「ゆっくりだったな」
「ティエリア、お仕事終わったんだ」
食堂でまったりと休息していたティエリアが、パートナーと娘の姿を見出だして声をかけて来る。ティエリアの真紅の瞳が、ベルベットの抱いているうささんの上に留まる。
「ベルベット、そのぬいぐるみは捨てたのではなかったか?」
「かあさま、とうさまがうささんなおしてくれたの!」
「そうか…よかったな。父様にちゃんとお礼は言ったか?」
「はあい〜♪」
嬉しげな娘の様子にティエリアは微笑んで、ベルベットの髪の毛を撫でる。アレルヤはミルクプリンを冷蔵庫から取り出して並べる。
「はい、ティエ、ベル、今日のおやつだよ」
「シンプルだな。たまにはこういうのも良い」
「いただきま〜す♪」
「はい、いただきます」
しばらくは無言でミルクプリンを味わう時間が過ぎる。食べ終えたティエリアがコーヒーを一口飲み、小さな声で話し始める。
「よく直せたな」
「ベルの友達だって言うから、何がなんでも治してあげたかったんだ」
「…ぬいぐるみを友達にするような経験は、僕にはなかったな…。稼動後、知育玩具は与えられたが、ぬいぐるみみたいな物はなかった」
「ティエリア」
「誤解しないでくれ、アレルヤ。僕はそんな自分を哀れんでいる訳じゃない」
ティエリアの瞳が、アレルヤを見て優しげに瞬く。
「それに…今の僕には、抱いて眠れるテディベアが居るからな」
「え?ティエリア、そんなの持ってたっけ?」
訝しむアレルヤのオッドアイに、ティエリアの悪戯っぽい笑みが映る。
「僕の目の前に居るぞ?オッドアイの優しいテディベアが」
「ティエリア…」
アレルヤは胸が熱くなって、テーブルの上のティエリアの手を取った。
「ティエ…駄目だよ、迂闊にそんな事言ったら。僕、抑えが効かなくなりそう…」
「アレルヤ…」
ティエリアが掠れた声でアレルヤを呼ぶ。真紅の瞳が甘く潤んでいるようで、ますますアレルヤの熱を駆り立てて行く。
ベルベットは、いきなり甘い雰囲気になってしまった両親の顔を不思議そうに交互に見ている。
「あら、どうしたのかしら?二人とも」
「スメラギさん」
おつまみの皿を片手に、美貌の戦術予報士が近付いて来る。アレルヤは赤面しながら…それでもティエリアの手を離さずに…スメラギに告げた。
「すみません。一時間位で戻りますので、ベルの面倒を見ててくれませんか?」
「いいわよ〜。ご・ゆ・っ・く・り♪」
殊更強調されてしまって一層赤くなりながら、アレルヤはティエリアを引き寄せ、ベルベットに言う。
「ベル、スメラギお姉ちゃまの言う事ちゃんと聞くんだよ?」
「ベルベット、一時間もすれば戻るからな」
「はあい〜♪とうさま、かあさま、おしごとがんばってね〜」
スメラギがぷっと吹くのを尻目に、アレルヤはティエリアの手を取って駆け出す。背後に、ティエリアの甘い息遣いを感じながら。

「可愛いうさぎさんね」
「うささんっていうの」
スメラギはベルベットを膝に抱き、うささんとベルベットの頭を交互に撫でながら思った。
平和で何より。

その後、ティエリアの部屋から甘い喘ぎが聞こえたとか聞こえなかったとか。

H22.07.15

ティエリアはアレルヤを抱っこして眠るのがお好きだと思います。



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