アレティエ子作り部屋

□ベルかこ!@
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臨月のティエリア・アーデは、大きなお腹を妊婦用の特製パイロットスーツで包んで新型機体…アリオスガンダムに乗り込んでいた。妊婦とは言え、ティエリアは現在のCBに唯一居るガンダムマイスターなのだ。ロックオンが逝き、刹那は行方不明。そして、この機体に乗るべきアレルヤ・ハプティズム―――ティエリアの胎内の子供の父親である―――も消息が知れない今、ティエリアの肩にガンダム開発の全権がのしかかるのは致し方ない。
ティエリアはモニターに向かい、タッチパネルに指を滑らす。
「起動に問題はない。データにあるアレルヤ・ハプティズムとのマッチングにも支障は無しだ」
『よしよし、稼動率も悪くない。起動実験は順調だな』
イアン・ヴァスティが言うのを耳にしながら、ティエリアは思った。間もなく生まれて来る子供の為にも、CBの為にも、そしてアレルヤ自身の為にも…アレルヤ・ハプティズムは此処に帰還して来なければならない。
(それまでに、アリオスの調整を完璧に仕上げてみせる)
ティエリアが気負い込んだ瞬間、何やらぬるりとした感触がパイロットスーツの下の下肢を覆った。
ティエリアは二、三度瞬きをした後、小さく声を上げた。
「イアン・ヴァスティ…」
『ん?どうした、ティエリア』
「…破水した」
『何ぃぃぃ!?』
予定では後四日は大丈夫な筈だったのに。十月に入ってから予定日に備えようと思っていたのに、ティエリアは目算が狂った事に内心舌打ちした。
『と、とにかく、降りろ!医務室に!』
「大丈夫だ。まだ陣痛は来ていないから、アリオスの調整の仕上げを…」
『冗談言うな!もう、調整は中止だ!早く降りろ〜!』
イアンが慌てふためく気配がモニターごしにして、アリオスの周囲にスタッフ達が駆け寄って来る。ティエリアはまだやれるのに…と思ったが、渋々アリオスを降りた。

それからは、実際アリオスの調整どころではなくなった。陣痛促進剤を打たれたのも痛かったが、陣痛そのものは死ぬ程の痛みだった。しかも、その痛みにどれだけ耐えるのかわからないのだ。
「息を止めないで!」と、モレノ亡き後の医療スタッフの女医に言われているのは分かっていたが、苦しくて呼吸もままならない。
「ティエリア、大丈夫よ。大丈夫だからね」
側についてティエリアの額の汗を拭ってくれているフェルト・グレイスの方が余程度胸が座っているように見えたが、後で彼女には「子供が生まれる所に立ち会うなんて初めてだから、すごく緊張したわ」と言われた。
しかし、その瞬間はお互い言葉を交わす余裕はなかった。
苦しくて苦しくて、無意識にティエリアは叫んでいた。
「お父さん…っ!…ロックオン、ロックオン、お父さん…!」
後で考えれば、「お父さん」という呼びかけは、亡きロックオンへのものかも知れないし、イオリア・シュヘンベルクへのものだったかも知れなかった。とにかく、その時のティエリアは苦しくて、縋れるものが欲しかったのだ。
ティエリアは続けて叫んだ。
「アレルヤ…アレルヤ!」
どうして、あの男が今、自分の側にいない?
いつも控え目な微笑みを浮かべて、自分の側に居てくれたのはアレルヤなのに。
男女どちらでもありどちらでもない自分を抱きしめて、愛の証をくれたのはアレルヤなのに。
どうして、自分の側に居てくれない?
「アレルヤ…っ!」
叫んだ瞬間、胎児が出て来る気配があった。ぬるついた感触の後、大きな泣き声がした。
フェルトが涙ぐんだ声で呼びかけて来る。
「ティエリア、生まれたのよ。聞こえる?」
…ほぼ一日掛かりで出産という難行を成し遂げたティエリアは、疲れた顔で、だが誇らかに頷いた。

拘束されたアレルヤの金銀の瞳に、つかの間だけ理性の色が戻った。誰かが、彼を呼んでいたような気がしたのだ。
それも本当につかの間だけで、再びアレルヤの意識は混濁して行った。

ティエリアは隣り合わせのワゴン状のベビーベッドに眠る我が子―――生まれたばかりの娘をぼんやりと眺めていた。色々衝撃的な事ばかりが過ぎ去っていって、まだ自分が母親になれた事、娘が生まれたという実感が持てない。
けれど、皺くちゃな顔に指を添わせると、確かな温かみがあった。
「娘、か」
ティエリアは苦笑気味に呟いた。かつて人革連のデータで見たアレルヤの幼い頃の姿があまりに可愛いらしかったので、子供を持つならアレルヤ似の子供がいいと思っていたのだが、どうやらこの娘は自分似らしい。
親というものに育てられた経験のない自分が、周囲の助けもあるとは言え、どうやって親になっていけば良いのだろう?
自分似の娘を前に、ティエリアは途方に暮れる思いだった。

しかし、そんな感慨も生後数時間くらいの事で、やれミルクだ、やれおむつの取り替えだという事に追われていれば、多少の不安どころではなくなってしまう。
かくて、瞬く間に七日が過ぎた。

「もうそろそろ、名前を付けんといかんだろう」
イアンとフェルトが揃って見舞いに来た時、ティエリアはまだ覚束ない手つきで我が子にミルクを飲ませていた。(何割かは男性であるイノベイドの体とは言え)母乳が出ない訳ではなかったが、仲間の死という衝撃がきつ過ぎて睡眠薬に頼っていた時期のあるティエリアは、母乳を停止剤で止められ、人工ミルクを与えるよう指示されていた。
ミルクを飲み終えた乳児の背中を優しく叩いてゲップをさせてあげるのも、ようやく覚えたばかりの手順だった。ティエリアは小さい我が子を見つめながら、戸惑うように呟いた。
「まだ、何をどうしたらいいのかわからない状況だ。子供の名前など付けた事もないし…」
「いっそ、公募して見るかな」
本気らしくイアンが呟いたのに微笑みながら、フェルトが赤ん坊を覗き込む。
「赤ちゃん、ご機嫌はいかが?…あら?」
「どうした?」
フェルトが眼を見開く様に、ティエリアは不安を覚えて声をかける。フェルトは不安を払拭させるように笑って、ティエリアの腕の中の赤ん坊を指差した。
「ティエリア。赤ちゃん、オッドアイだわ。珍しい…」
「お、どれどれ…本当だなぁ。珍しい色だ」
ティエリアは慌てて我が子の開いたばかりの瞳を覗き込む。金の右眼と銀の左眼は、この娘の父親と同じものだった。
(あの男のオッドアイも遺伝の奇跡なのに…それを受け継ぐとは、どれだけ奇跡的な事なんだ?)
ティエリアの胸に、恋人の微笑みが蘇る。
(赤ちゃんって可愛いんだよ?つぶらな眼で、肌もベルベットみたいにつるつるふかふかで)
そんな会話をした覚えがあった…。思い出せば、あの男への愛しさが、そして目の前の我が子への愛しさが湧いて来る。
「…決めた。この娘の名前はベルベットにしよう」
「お、唐突だな」
「でも、可愛い名前だわ。素敵」
イアンが笑っている。フェルトも微笑んでいる。ティエリアは自然に浮かんで来る微笑みを意識して、幸せな気持ちになった。
ティエリアは我が子に愛しげにほお擦りした。
「ベルベット・アーデ。僕と、アレルヤの娘だ」
幼い娘は、あー、と声を上げて母親…ティエリアの頬に手を触れた。温かい手だった。

H22.10.04

ベルベット生まれた編です。トレミーによく出産に都合いい環境が出来たなあ…(笑)。



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