宝箱

□Vita dolce.
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Vita dolce./1000hitリク



※…男同士ですが新婚設定ですのでご注意ください。













あぁ、今日も本当に疲れた。


単身飛ばされ南イタリアの端に任務へ赴き、荒れた地面を蹴り飛ばしながら死人を多量にこさえてやる。残念ながら肉塊と化した元人間に与えてやる床も無いのでそのまま放置は仕方のない事だ。
本部とは日帰りの範囲だったから当然長居無用と帰りの飛行機にその足で乗って、忙しない過密スケジュールをこなし本部へ帰ってみれば、横柄でとことんデリケートな神経をお持ちの我が上司のご機嫌とりが待っていた。最早ご機嫌とりというよりも単なる我が儘の回収をやっている気分になるもんだから堪らない。
こんな時は好物でも食ってさっさと休みたい。



しかしそれさえ我慢して仕事を終えた暁に、漸く安寧もたらす我が家に辿り着けるというものだ。













そうして精神を擦り減らして奮闘した結果、スクアーロは玄関の鍵を開けて扉をくぐる今にありついた訳だ。
途端に何だか暖かな食事の匂いが仄かに漂ってきて、自然と頬を緩ませる。
次いでスリッパが廊下を滑るなんとも可愛らしい音が段々と近付いてきたかと思うと、角からひょっこり黒髪が覗いた。



「おかえり、スクアーロ!」
「ただいま。」



続けて軽いバーチを唇に。シャツの上から纏うシンプルなエプロンがこれまた良く似合う青年は、嬉しそうに笑みを溢すとエプロンを軽やかに翻して抱きついてきた。
ちなみにこれはいつもの事である。



「もう夕飯出来てるぜ。食べるだろ?」
「あぁ。」
「今日はカルパッチョにしたのなー。」
「…マグロの?」




勿論、アンタ好きだろ?
笑顔で言った山本を思わず抱き締めてもう一度バーチを一つ押し付けた。丁度食べたいと思っていたのを、見透かしていた様なタイミングに流石と思わずにはいられない。



「ほら、行こうぜ。」




擽ったそうに笑う山本に連れられるまま、ダイニングへ向かうとふんわりと暖かな食事の匂いが更に強まって益々空腹を誘う。
しかしそのまま夕飯にありつく訳じゃない、山本は途中で立ち止まり仕事帰りの男を見上げてその背中を軽く押しやると、至極真面目な顔してこういうのだ。





「服着替えて、それから手も洗って来てからな?俺待ってるからさ、ちゃんとワインも用意して。」



その言葉を受けてスクアーロは頷くほか無い。
なにせ自分の妻ときたらなにからなにまで完璧で、まだこうやって同棲を始めてから間もないが、面倒臭がってその指示に逆らっては本気で叱られた事が何度かある。しかも大体新しい方の記憶である。
最近では流石に学習してそれも無くなったが。



その場で別れて洋室を繋ぐ廊下を辿り、慣れた道順を追って行くと辿り着いた自室の扉を押し開く。高質な扉は苛立ち任せに何度か壊した事があるので未だ新しく、そして油の行き届いた蝶番は決して嫌な音を立てない。扉で唯一そこは好きだ。



「……。」



スクアーロは思わず黙視した。元々物の少ない簡素な部屋、それはいつもの事だ。
それより、あのベッドの上にあるとても綺麗に畳まれた衣服はなんだ。いや、わかっている。自問自答だ。







―――――着替えだ。






そこから始まり、洗面台にいけば駄目になっていた歯ブラシは新しくなって、中身の少なかった液状石鹸もつぎ足され、更に愛用中である剃刀の無かった替え刃も一つ買い置きが増えていた。
そういえば、と気付く前に粗方家事も生活用品も完璧にこなされているのだ。



すっかり感心しながらも手を洗ってダイニングに戻ると、宣言通り山本が全て万端に整えた食卓と一緒に待っていた。透き通る赤ワインも添えて。



「あ、おかえりスクアーロ。そういえばウ゛ァリアーの制服のスペア、今日クリーニング出しといたぜ。火薬臭かったからさ。」




嗚呼。スクアーロは感嘆を洩らした。今更だが先程部屋に行った時、壁に掛けていた筈のスペアが無かったのを思い出す。確かに火薬の匂いが染み付いていたから、そろそろ洗わなくてはと思っていた。嗚呼。もう一度スクアーロは今度は声に出して目元に手をあてがった。


完敗である。


いやこの場合は勝負でもないからその形容は可笑しいだろうが、それでもスクアーロの現在の心境を表すならばそれが一番的確な気さえした。

そんじょそこらの品の良い女共より何倍も、…むしろ比較対象にすらなりえないだろう。本当に男か、本当に年下で何年か前は意思疎通すら困難かと思われた天然記念物並の精神を持ち合わせた子供だったのか。






この気の回りよう、本当に新妻か。






一気に色んな疑問が脳裏を駆け巡ったが、スクアーロは一先ず溢れだしそうな感情を抑え込んで席に腰かけた。本来なら今すぐその身を抱き上げてベッドにでも連れ去ってしまいたい。
しかしそれを出来ぬのは、この暖かな食事が冷めて味を損ねてしまう事をどうしても避けたいからだ。何より山本が悲しむだろう。そればっかりはあってはならない事だ。




「だ…駄目だったか?あ、ちゃんとポケットに入ってた物は出しといたぜ?それに店もいつもの所で―」
「大丈夫だぁ、分かってる。ありがとな。」
「……おうっ!」



懸命に説明する素振りもひた向きである。スクアーロがそれは杞憂だと教えてやる、すると途端に彼は軽く眉間に寄せた皺を平らに変えて破顔した。表情豊かで特に笑顔は彼には欠かせない一部であり、それを目にする度にこれこそ世界の秩序であると思う。
勿論行き過ぎた発想だと自覚はしている。だが自分にとっては事実であるのだ。むしろ事実でしかない。



「いただきまーす!」
「いただきます。」



山本の合図を機に喜ばしき晩餐が始まる。透明なグラスの内側で揺れる葡萄の色彩を見下ろし、波打たせる。光を微かに反射して、反面底へ沈ませる絶妙な明暗が見慣れたそれでも高級感を漂わせている。一口口内へ含めば途端に芳香が内部へ満ちた。甘酸っぱい。



「…なぁ、食い終わったら一緒に風呂入ろうぜ。背中流してあげるのな、任務お疲れさんって事で!」



食事を始めてまもなくして山本は急に思い出した様にそういった。スクアーロは声を出さずして山本を見返した。今口には愛妻の作った好物のカルパッチョがそれはそれはとても上品でありながらも、彼らしい味付けでもって空腹を満たしにかかっている所だからだ。あぁ美味い。
そんなわけで山本の申し出を1つ首を振って肯定する。否定する理由もないし、彼の申し出は非常に有り難いので喜んでその恩恵を賜るのが一番だ。幾度か口内の物を噛み締めた後に喉を通すと、束の間悩んでから他の料理にもフォークを向けた。本日の主食はカルボナーラである。元来楽しみは先に食べてしまう物であるが、ここ最近はその趣向も逆になってきた。
多分愛すべき山本の所為だ。

…彼が実際後に楽しみは残しておくほうで、自分が全部好物を食べ終わった後に目の前で相手が彼自身の好物を美味しそうに食べるものだから、自然とそうなった。
気付いた時、何時の間に感化されたのだろうと自らに驚愕した。




「そうだ、この間スクアーロそろそろシャンプー切れそうだって言ってただろ?今日買っといたからさ。」
「………。」





思わず噛み千切ったパスタの破片が口端からこぼれる所だった。

確かに言っていた、ような気がする。



ここで気がする、と曖昧な表現をするのには当然理由があって、確か記憶によるとあれは山本に言っていた訳じゃない。
そう…そうだ、だってあれは



「この間畳んだバスタオル脱衣所に運ぶ時、スクアーロの声が風呂から聞こえてさ。俺もその後確認したら確かに少なかったから。」




どうだこの完璧具合。一番最後のは偶然ではあるが、それをちゃんと言わずと実行してくれるのだから、もう最高じゃないか。だろ?











そう心中誰にでもなく自慢したスクアーロが、約束通り山本と風呂場に行ってその湯船が自分の好むミント系の入浴剤が入っている事に気付いた瞬間、思わずその場で押し倒したのは言うまでもない。


















end

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